福岡県八女市 ゲストハウス「天空の茶屋敷」オーナー 坂本治郎さん
治郎さんがここにいなければ、私と夫は今いる場所にはいなかったはず。そう感じている人は、この笠原だけでなく日本国内外にも複数いるのではないでしょうか?
今回ご紹介するのは、移住のための家探しの仮住まいとして私が今滞在しているゲストハウス「天空の茶屋敷」のオーナー坂本治郎さん。
実は出会う前から彼の名前を何人もの知人から聞いていました。普通に生活していたら出会えなかったような運命的な出会いがこの場所ではよくあるのだと…
とはいえ場所は、福岡県八女市。黒木町は笠原のお山の奥の集落の一番上。
なぜここに出会いが???
お世辞でも「便利」なんて言葉は程遠く、観光地でもないロケーション。
しかし程よくユル~イ治郎さんの周りには自然と色んな人が集まってきています。それだけではなく、数々の人の仕事や移住先を提案・提供し、体当たりで村づくりに取り組んでいらっしゃる。
その優しさや村づくりに対する熱い想いはどこからくるのか?
その秘密に迫ってみました。
環境を変えると見えてきた全く違う景色
じゅんこ: 「お前は変わっている」とか「社会不適合者」と呼ばれ将来を悩んだ、20代前半だったと聞きました。
治郎 : 僕はもともと勉強も仕事もうまくできないと感じていました。世界放浪の旅に出るまではたくさんの人に失礼なことを言われ、自分では社会的弱者だと思っていました。
しかし一歩踏み出して自分の環境を変えてみれば全く違う景色が見えてきたんです。僕の場合は海外放浪にいったことかな。
過疎化したこの集落へやってくると、ただ「住む」というだけで地域の人に喜ばれたり。ただ好きな事をトコトンやって、結果それが周りの人にも必要とされ徐々にコミュニティが広がっていったこと、長い旅路の果てにそんな僕を必要としてくれる場所に出会えたということをとても感謝しています。
一般的な「生き方」という道を外れても、幸福度高く生きていけているということを実体験から学びました。
この辺の詳しい話は本にもたくさん書いているので、今後出版された時に是非手に取ってみてほしいです。
日本の美しさを再認識
じゅんこ:おばあちゃんの家とはいえど、世界放浪から帰ってきた時は、旅に出る前と全く違って見えていたたのでしょうか?
治郎 : はい、外の世界を観たからこそ日本の美しさが再認識できたのだと思います。
縁や山に囲まれ、風光明媚な川が走り、中心街は伝統的な日本家屋が立ち並ぶ、その美しさのあるこの町に一目ぼれしました。
よくよく考えたら僕は海外放浪時代にはこういう全く観光地化されてない素朴なその国らしい風景が残ってるような町をいつも探し求めていましたが、まさに黒木町がその日本版でした。
幸福になるための3つの条件
じゅんこ:旅する中で「幸福度高く、楽しく生きていくためにはそんなに多くのものは必要ではない」と感じたとお聞きしています。では必要なものとは何なのでしょうか?
治郎 : 海外放浪中、その日どこに寝れるかわからない状態だったり、国によっては廃棄処分される物をおすそ分けして頂いたり、むしろそんな毎日はたくさんの出会いやドラマがあって楽しかったのです。
そういった経験をしていく中で食べれること、安心して寝る場所があること、人と良い繋がりを持って生きることだけで充分に楽しく幸福度高く生きていけるということに気づきました。
そして僕がまだこの事業を続けられているのは、周りの人に喜んでもらえて『ありがとう』という言ってもらえることが大きな原動力となっているんだと思います。
じゅんこ : リピーターの多さは、治郎さんの人柄もあり「ある程度のユルさ」にも秘密があるような気がします(笑)
自分自身が楽しく生きられる場所づくり
治郎:それは単純に僕が海外放浪時代に楽しかった、及び居心地が良かった宿、がベースとなっています。
例えば神経質なまでの気遣いやレベルの高いおもてなしよりも、オーナーがフレンドリーでありナイスでいること、お客さんの自由を可能な限り認めること。
もちろんみんながみんなそう思ってるわけではないので僕のスタイルではお客さんは絞られてきますが、結果的にそれで自分にとって居心地がいい人ばかりが来るようにフィルターがかかって来ていると思います。
楽しい場所を作るにはまず僕自身が楽しく生きられる場所づくりが最重要だと思うのでそれで良いのではないのかなと。
特殊な山奥の集落「笠原」
話は変わって勝手なイメージですが「山奥」と聞くと住んでいる人は、保守的で外から来る人を嫌っている人が多いのではないのかと思ってしまいます。
最初に治郎さんにお会いした時は、そのオープンマインドさにびっくりしました。
地元の方も外の人たちに慣れているような気がします。以前からそうだったのでしょうか?
特にこの山奥の集落「笠原」が特殊なのかもしれません。
以前から、外から来る人に歓迎的で自分も誰も知り合いがいない八女に移住したのにもかかわらず、その一年後に山奥の家をもらうという奇跡が起こりました。
そして昔から山村塾という都会と農村をつなぐNPO団体があり、その長年の活動の賜物があったり、災害の時に外から来る人に助けてもらうこともあったので、村の人は外からやってくる人に慣れているんだと思います。
じゅんこ:なるほどそういう背景があったんですね~。
多様性を認めることは大切なこと
ところで、治郎さんはフィリピン出身の奥様と国際結婚もされて、いよいよ山奥の村の多様性がどんどん高まってきていますね。これからのコミュニティーのあり方として、多様性の重要性はあると感じていますか?
治郎:多様性を認めることは大切なことだと思います。
実際に僕が海外放浪している時に現地人の幸福度が高そうだと思ったのが、人と人とのつながりがあり貧しくてもお互いに助け合うような途上国でした。
昔の日本もきっとそうだったんだと思いますが、ハイテクが進み忙しくなり人と人とのつながりが疎遠になり、先進国になっていくにつれてそのもともと持っていた幸福度を失いつつあるように見えました。
しかしその先進国の中でも更に一歩進んだ幸福度の高そうな国では、一人ひとりの人権や自由が認められ、男女平等、LGBTや人種差別などのマイノリティの人たちの立場に起こる問題に向き合って改善していこうと政府も国民も頑張っている。
そういった国籍や宗教や人種が入り混じっていて、それぞれの多様性が認められている国が今のところ世界中で最も幸福度が高そうだと思いました。そういう点は日本はまだまだ遅れていると感じます。
僕がそういう観点を持ってるからなのかはわからないですが、自然と僕のゲストハウスには僕を筆頭に既存の社会になじめない人、ユニークな人生を歩いてきたアーティスト、LGBTの人や老若男女や多国籍問わずいろんなタイプの人と地域のじいちゃんばあちゃんたちがいい感じで溶けた場所になっていて、かなり幸福度高い場所になっています。
じゅんこ:良いお話聞けました。だから治郎さんの周りには面白い人たちが自然と集まってくるんですね!
体力よりも人との良いつながりや関係を築くこと
ところで、移住となると、古い家が多いので自分で改修…DIY多いですよね?
ある程度体も鍛えて田舎暮らしに備えた方がいいのでしょうか?
治郎さん:山奥に移住してきて5年目である今でこそやっと、それなりにいろんなことを自分でやるようになりましたが、もともとは何のノウハウもない僕の周りにいろんな特技を持った人達に助けられてきました。
少しずつ教えてもらってはできることを増やしていってる感じです。基本的に一人の力よりもマンパワーの方が上なので、体力よりも人との良いつながりや関係を築いていることの方が大事だと思います。
DIYなどができなくても誰かにお願いしたりして、何か別の特技を持っていたらそれで恩返ししたりすれば良いかなと思っています。
移住のゴールデンタイムは今!?
じゅんこ:これから八女市を含め田舎移住を検討されている方へ、移住のためのアドバイスをお願いします。
治郎:僕が山奥に住み出してからも一軒一軒タイムリーに空き家の数は増えていき、どうしようもなく取り壊されてる現場も見てきました。
こういう山奥にたくさんある空き家は人とのつながりがあればかなり安く(運がよければほぼ無料でもらえたり借りたりもできます)、それから昔ながらの生活の知恵、おばあちゃんの知恵袋を持っている人たちもまだまだ生きてる。
僕らの子供たちの世代にはないのかもしれません、そういう意味では今が田舎移住のゴールデンタイムなのかもしれませんとだけ。
じゅんこ:わ~~~! そういわれればそうかも!? ゴールデンタイム、皆様お見逃しなく!(笑)
幸福度高く生きていけているということ
最後に5月のゴールデンウィークの終わりまで、本の出版のためにクラウドファンディング挑戦されていると聞きました。この本が出版されたら、どんな方に読んでほしいですか?
治郎:ただの海外放浪記というわけではなく、その中で何を考え何を学び、どんなドラマがあってその後の山奥の限界集落での事業につながったのか、僕の半生を綴った物語です。
地域活性化でうまく行っている事例が少ない中で、僕のようなポンコツがただ好きなことをトコトンやって、結果それがそれが周りの人に必要とされ、徐々にコミュニティが広がっていった。そうやってそれなりに幸福度高く生きていけているということ。
いやむしろポンコツだからここまでやってこれたんだとも思います。
治郎:一時は自殺も考えたこともあるくらい、暗い時を過ごした僕だけれど、勇気を出して一歩踏み出して自分の環境を変えてみれば全く違う景色が見えたということ。
今だから言えるのは、ただ単にサラリーマンのようなライフスタイルに向いていないというだけであり、決してそれがすべてダメというわけではなかったということを知れたのは大きな気づきでした。
そんな物語をシェアすることにより、昔の僕のように既存の社会で生きる自信がなくなってしまった人などに勇気を与えることができたら嬉しく思います。
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