愛知県・常滑のアイデンティティを核に、 地域をつなぎ、人をつなぐ。
ローカル 気になる人
「通りすがりではなく、この店をめざす人しかたどり着けない。」そんなお店に、今日も人がやって来ます。日本六古窯の中でも、最古・最大規模として900年を超える歴史を持つ焼き物の町・常滑で、そのアイデンティティを深堀りした店づくりをする鯉江さんに話を聞いてきました。
焼き物の町、常滑のアイデンティティを探る10年
常滑焼の窯元に生まれた鯉江さんですが、ご両親からは後を継いで欲しいと言われたことはなかったそうです。それでも家業を継ぐことに抵抗感はなく、まずは商品の売り方を学ぶため、陶磁器の総合商社に就職しました。本社がある瀬戸市と東京で8年間勤務し、消費者が求めているものは何か、それをどう伝えたらよいかなど、商品の作り方と売り方のノウハウを身につけた後に、山源陶苑の3代目として家業を継ぐことになった鯉江さん。
常滑に戻ってみると、活気ある工房でキラキラ輝いていた職人たちの姿が印象的だった子供の頃とはほど遠い空気感に包まれていたと言います。
「どの窯元も、同じように疲弊していたと思います。」
2005年当時はまだ、窯元が直接売ることはタブーでした。問屋時代の経験から、こんな需要があると分かっていても、問屋がそれを理解して動かなければ消費者には届かない。作り手である自分たちが売る時代がいよいよ来るんじゃないか。それが正解なのかは今も分からないけれど、窯元として常滑にいる意味、ここで商売する意味を当時からよく考えていたと言います。
焼き物をコンテンツにしてどんなことができるのか考えるうちに興味が湧いてきて、
「常滑のアイデンティティって何だろう?」
「朱色や黒色だけではもったいない!」
と、もがきながらの10年間を経て、TOKONAMEプロジェクトが始動。常滑焼の伝統を更新するブランドとして2014年に発表した、パステルカラーの「TOKONAME」へとつながります。
TOKONAMEプロジェクトでは、問屋時代の東京勤務でつながったプロダクトデザイナーやグラフィックデザイナー、カメラマンや映像作家など、6人のクリエイティブチームを結成。
ブランディングをしていく中で、作ることと伝えることを同じ価値として捉え、作ることだけでなく伝えることにも注力したと言います。
TOKONAME STOREのオープン時にも同じチームが関わって高い表現力を発揮する一方で、ペンキ屋の幼なじみと一緒に看板を手作りしたり、地元の友人たちのサポートで店づくりが進められました。こうして、伝える力に感度の高い人たちが反応し、2015年の春にオープン以来、告知をしなくとも人が集まるようになってきたのだそうです。
子供たちの何気ない言葉が、発想の源に
子供たちの何気ない言葉が琴線に触れることが多く、いつも子供たちから発想を得ているという鯉江さん。
知り合いの子供が茶碗を割ってしまって、買いに行こうかと聞いたところ、作りたいと言ったことから始まったのが「世界にひとつだけのお茶碗プロジェクト」。自分で作ったお茶碗でご飯が食べたいという子供たちがいると知って、小学校での校外学習として陶芸体験を企画。
4年間で約1700人の子供たちがお茶碗を作り、焼き上がりを受け取った日にはそれで給食を食べているのだとか。3ヶ月後のアンケートでは8割以上の子供が家でも使っていて、残りの子供は部屋に飾ったり大事に仕舞っているとのこと。自分でご飯をよそうようになった、よく食べるようになった、お茶碗を自分で洗うようになった、大切に扱うようになったなど、いろんな話を聞くと言います。
常滑のアイデンティティを道しるべに
こうして地域に根ざした活動を続けていくことでいろんな人に知ってもらい、その中で活動に共感してその意義を分かってくれる人たちが次へと伝え広めてくれるはず。鯉江さんは、最終的には学校給食の食器を常滑焼にしたいと思っています。
「こうだからできない」じゃなく、「こうやったらできる」を考えていきたい。この店を始めるまでは、外ばかりを見ていたような気がする。この場所にお店を作ったことで、地域のことをより深く考えるようになったのだそうです。
常に滑らかな土がとれる町、常滑のアイデンティティ。土と共にある地域だからこそ、その土で作られる焼き物を使い続けてもらうことが大切。小学生の時に自分で作ったお茶碗でご飯を食べていたという、新しい世代の新しい価値観を創出することがスタートラインとなって、この街のアイデンティティを守りつなげていくことにもなるのだと。
最近では地元の人がお店に来てくれる様子を見ると、地域に根付いてきたのかなと思って嬉しくなるのだと言います。
ここで育った人たちが40歳を過ぎて、何か地域のためにと思った時に、自分が培ってきた技能を生かして地域に貢献できることが理想だと言う鯉江さん。その時には、常滑のアイデンティティが道しるべとなってくれるのではないでしょうか。