福島の郡山と、奈良の大和郡山がであう。「奈良」をつめこんだ一足。
イベントレポート
福島県郡山市に拠点を置き、グラフィックからまちのデザインまで幅広く事業を展開している「ヘルベチカデザイン株式会社」。創立10周年を記念して、2021年7月31日(土)から8月5日(木)にかけてイベントを開催しました。
この記事ではイベントレポートの第3弾として、奈良県大和郡山市で生産されているスニーカー「TOUN」の受注会、つくり手によるクロストークの様子をお届けします。
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〈登壇者〉
オリエンタルシューズ TOUNブランドマネージャー 松本英智 氏
OFFICE CAMP TOUNブランドプロデューサー 坂本大祐 氏
TAKAIYAMA inc. TOUNスニーカーデザイン 山野英之 氏
Helvetica Design株式会社 代表取締役 /(一社)ブルーバード 佐藤哲也氏
奈良に縁のある人たちによる、奈良生まれのスニーカー。
坂本:今日はお集まりいただきありがとうございます。今日は「TOUN」のクリエイティブのチームや「TOUN」のつくり方などについてお話させていただけたらと思います。まずは我々の自己紹介から。
松本:「オリエンタルシューズ」は、奈良県の大和郡山市に所在している創業70年ほどの革靴メーカーです。紳士の革靴をメインに、サンダルやスニーカー、カジュアルシューズ、ドレスシューズなど幅広い種類の靴を手がけております。
坂本:このような「オリエンタルシューズ」さんから、我々「合同会社オフィスキャンプ」がブランディングの依頼を受けて、「TOUN」のプロジェクトがスタートしました。ではここで我々の話もすこし。「合同会社オフィスキャンプ」は奈良県の東吉野という、人口1700人くらいの村に拠点を置いています。2016年にコワーキングスペースをオープンし、ここで出会ったクリエイティブの人たちとつくった会社です。仕事としては、奈良のシティプロモーションをはじめ、地元のクラフトビールのブランディングなどをさせてもらっています。
山野:今回はスニーカーのデザインを担当させていただいたんですが、ふだんは東京でグラフィックデザインをやっています。これまでプロダクトのデザインは仕事でやったことなかったんですが、趣味で「NIKE」のエアマックスのカスタムを勝手につくって、友人におすすめするということをやっていたら、坂本さんが注文してくれて。そこから、「スニーカーのデザインやらないか?」とお声がけいただきました。
坂本:我々としてすこしおもしろいと思っているのが、奈良県にあるメーカーさんと、奈良県に拠点を置くクリエイティブと、山野さんは東京ですが奈良県のご出身なんですね。なので、奈良に所縁のある人たちとプロジェクトを組めたのはおもしろいなと思っています。
奈良らしさを、一足に表現。
坂本:まず「TOUN」のブランド名についてお話したいんですが、「TOUN」は2つの意味を持っています。ひとつは「東雲」と書いて、「とううん」と呼びます。これは、明け方の空や曙みたいなニュアンスがありまして、奈良を代表するスニーカーが新たに始まるという意味を込めました。もうひとつは、奈良時代において「足を入れるもの」全般を「とう」と呼んでいたいわれがありまして。それらのダブルミーニングで「TOUN」と名付けました。
坂本:コンセプトは「ニューノスタルジック」。「奈良」をスニーカーとしてかたちづくるにあたって、単に鹿革を使って奈良らしさを表現するよりも、表層的ではない奈良の価値をかたちにしたくて。「ニューノスタルジック」ということばに、奈良をまとめた感じです。
山野:デザインを考えるうえで、革靴メーカーの技術力と、奈良生まれというところを感じさせたいと思ったんです。なので、技術・歴史・機能の3点から考え始めました。まず、ざっとスニーカーの歴史を調べてみました。アメリカでスニーカーが誕生した時代に、奈良や日本でどんなことが行われていたのか。調べると、その当時は電車が通ったとか、お寺まわりの整備がされたとか、奈良では産業が活発になった時代だったそうです。しかも草鞋とか雪駄とか、そういう履き物だったみたい。
山野:そんな背景をふまえて、どんなスニーカーがいいかと考えたときに、「奈良らしさ」を一足のスニーカーで表現するのってすごく難しかったんですよね。だから、ストーリーと展開をひっくるめて、奈良らしさを出そうと思いました。さっきお話したような歴史のところを「靴のスタート」「スニーカーの始まり」「ファッション展開」というように、スニーカーとしての大きな3つの歩みというか。それをかたちにするのはどうかと思いました。
坂本:「TOUN」は、穴の数でモデル名を決めています。「履物の原点である包む」をコンセプトにした「THREE」、スニーカーの始まりであるデッキシューズをモデルにした「FIVE」、スポーツシューズをモデルにファッショナブルに昇華させた「SEVEN」。
山野:穴数は違うけど、パーツは共通してるところもあって。それがだんだん育っていく感覚です。どっちか忘れたけど、「THREE」か「FIVE」か、どちらかのデザインから始めたんですよね。それらから、よりストリートっぽく仕上げた「SEVEN」が生まれました。
革靴メーカーだからこそ、つくれるスニーカーを。
坂本:山野さんのプレゼンを聞いて、これはおもしろいと思いましたね。こうしてブランドの整理から約2年かけて「TOUN」が誕生しました。では製造過程を松本さんにお話いただけたらと思います。ぜひみなさんも一度奈良にお越しいただけましたら、工場もご案内できますので。
松本:靴の工程って大きく5つありまして。革を裁断→製鞄→整形→底付け→仕上げを通して、靴ってできあがるんですね。それぞれの工程を熟練の職人が、木型や素材によって微細に調整しつつ、機械を使いながら手作業でやっていますので、非常に人の手がかかったスニーカーに仕上がっています。
佐藤:お話を聞く前と後では、「TOUN」への印象が違いますね。ぼくも「TOUN」を履かせてもらっていて、大手の靴とはひと味違うなと思ったんですが。
松本:スポーツメーカーがつくるスニーカーと、革靴メーカーがつくるスニーカーって、根本的につくり方が違っていまして。革靴メーカーの強みは、しっかりと足を固定するところかなと思いました。例えば、靴のなかに入ってる鉄の芯。革靴ってヒールがついているので、体重をかけても靴が折れないように鉄の芯を入れるんですね。「TOUN」はソールがフラットなので入れる必要はないんですが、入れることで靴が安定しやすくなるので、革靴メーカーの強みとして採用しました。
山野:最初は革靴みたいな、しっかりしたモデルだったんです。それを革靴の必要な部分を残しながらも、よりスニーカーらしいカジュアルさを出しました。
自分がお金を出して、履きたいと思うか?
佐藤:ぼくらも地域にひらいた仕事をしていて、プロジェクトの過程で、関係者とのイメージのすり合わせが難しいなと思うことがあるんです。そのあたり、どういうふうに進めたんでしょうか?
松本:そもそも最初に坂本さんへご依頼した内容って、「TOUN」ではなかったんです。弊社にある別のスニーカーブランドのコンサルティングをお願いしました。でも、「新しい奈良のスニーカーをつくったらどうですか?」と坂本さんから提案を受けて。プレゼンを聞いたとき、「これでいけるな!」という確信は、正直ほとんどなかった。でも、一からつくったブランドを坂本さんたちとやってみたら、どうなるのかを見てみたくて。
佐藤:その結果、こうやって福島の郡山まで来ていただいて、すごい展開が広がっていますよね。「TOUN」をはじめ、全国のあちこちで地場産業や伝統を重んじてる人っていると思うんですが、実際にイケてるプロダクトだったり、ブランディングって難しいなと思うところがあって。
坂本:靴のメーカーが地元にあるって、そこらじゅうにあることではなくて。でも、ぼくも奈良に16年住んでるのに全然知らなくて、ちょっと感動したんですね。特に「オリエンタルシューズ」さんは、それなりの規模感を持ってつくることができるから「ちゃんとプロダクトをつくれるな」っていう手応えを感じた。その光景を目の前にしたときに、誇らしくなったんですね。とはいえ、ぼくは常に革靴を履くようなライフスタイルではなかったから、せっかくなら自分が毎日履くような靴が奈良でつくられたら、それは嬉しかろうと思ったんですよ。そこが根幹にあって。
坂本:じゃあ、どうすれば自分も履きたくなるスニーカーがつくれるのか。ブランディングって、マーケットをみたりぺルソナを設定したりだと思うんですけど、自分の場合は自分がお金を出して買いたいかどうか。それが一番裏切らない指標だから。資源は有限なのに、売れるためだけに存在してるものってどうなのかなって思うんですよ。だから、まずは自分が履きたくなる。そしてその先に、「奈良を代表するスニーカー」であればいいと考えて。
山野:ぼくも、自分が好きだと思うものを大切にしていますね。その延長線上で、みんなにもいいなと思ってもらえるものを探る感じ。
佐藤:ぼくもスニーカーが好きで、「TOUN」を見たときに人に紹介したくなって、みんなに買ったほうがいいよって言ってます(笑)。
つくり手と、つかい手がつながる。
佐藤:地方の伝統文化や工芸まわりで苦労されている人もいると思うんです。「TOUN」は、めちゃくちゃそのヒントになると思っていて。フレームをゆるやかに超えながらプロダクトがつくられていて、最終的にコンセプトにつながっていて。
山野:プロダクトは「目的」ではなくて、「TOUN」をきっかけに奈良を知ってもらったりと、「手段」であってほしいと思っています。
坂本:これは70年も奈良で靴づくりをしてきたことの証明なんですよ。それがなかったら「TOUN」は生まれてないので。地域で工芸が始まったおこりって、その地域の人たちの暮らしをゆたかにしたり、楽しくしたりするものを、地域の人たちがつくってたんだと思うんですね。それが顔の見える範囲で循環していたと思うんですが、いつの頃からか、どこで誰がどんなふうに使っているか分からないけど、ものだけ売れている状況に変わった。
坂本:山野さんが話していたように「TOUN」はきっかけでありたいんです。靴を履いてる人の暮らしや、人生を後押しするもの。その循環を、今回のようなキャラバンで取り戻している気がします。ぼくらから、「TOUN」を通して届けて、見てもらって、履いてもらって。そんなコミュニケーションから、毎朝「TOUN」を履く瞬間に、奈良のあそこでつくられているんだなと思い出してもらえたら嬉しいですね。