【山形・河北】人生折り返しで考えた2拠点生活 山形県河北町で、3泊4日の移住体験 後編
体験プログラム
山形県河北町町役場が主宰している「移住体験」プログラムに参加してきました!
フリーランスでライターをしている柳澤智子と申します。田舎暮らしやアウトドア・登山、自然食のジャンルを中心に雑誌、書籍で企画・執筆をしています。中期〜長期の地方出張が多く、パソコンと電話があればわりとどこにいてもなんとかなるこの仕事。子どもが成人し、暮らし方や働き方を考え直していた、ここ数年。東京と実家がある関西での2拠点生活をゆるく試していた私を、「移住体験してみませんか?」と招いてくれたのは山形県河北町。東北圏での生活は経験したことがないため、興味はかなりある!3泊4日で、移住体験をしてきました。
移住体験の前編はこちら
目覚めの雪かきと雪だるま
朝、外からの耳慣れない音に目が覚めた。ガリガリガリガリと、チェーンタイヤをつけた除雪車が通る音だ。朝ごはんを食べた後、玄関から門までと駐車場まわりだけ雪かきをする。
同行したカメラマン新井さんが福井出身で、「道路の隅まできちんと除雪されている。これは相当腕のいい運転手だ」と言い出す。除雪にも上手い下手があり、雪をきちんと道路の隅に移動させないと本来なら2車線のところ1車線となり、運転しづらいこともあるとか。除雪の地域差は雪国あるある、らしい。「河北町だったら、冬でも運転しやすいはずですよ」と新井さんから太鼓判をもらう。
昼まで、パソコンに向かい3時間ほど原稿仕事。昨晩も夕食後から12時くらいまで仕事をしてみたが、こたつだとついついゆるんでしまうので、今日は正座で。ふと顔を上げると雪に覆われた広い庭が広がる。文豪のようではないか。Wi-Fi環境もよく、さくさくと調べ物もできて快適。
「継業」という可能性。移住の先輩に会いに行く
「継業」という言葉を、よく取材で耳にするようになった。
“生業や事業を身内が引き継ぐのではなく、意志ある第三者に継いでもらう取り組みのこと”で、特に労働力人口が減りつつある今、注目されているのが、移住者による地域産業の継業とか。
数年前、知人に松本で銭湯を、静岡で民宿を継業した方々がいて、「親戚でもないのにそんなことができるのか」と驚いたことがあった。後継者問題、事業継承問題を抱えている事業は日本全国にあり、あっというまにマッチングサイトまででき、いまや移住の可能性を広げるため継業は切り離せないキーワードになっている。
河北町にも、「継業」で東京から移住してきたご家族がいる。
川端徹さんと由美さん、そしてふたりのお嬢さん。移住希望者には、先輩としての実感やアドバイスをお話いただけると聞いて、おふたりが営むカフェ「糀屋カフェたんとKichen」を訪ねた。
徹さん(1970年東京出身)と由美さん(1971年山形出身)が、移住を考え出したのは2007年ごろのこと。給食にかかわる公務員として東京で働いていたふたり。徹さんは田舎暮らしへの憧れがあり、「ゆくゆくは移住がしたい」と考えていたそう。あるとき、由美さんの遠い親戚である「矢ノ目糀屋」が廃業することに。山形県村山市で3代続いた麹屋で、地域に愛される存在。由美さんにとっても子供の頃から慣れ親しみ、成人し東京で家庭を持ったあとも食卓になくてはならない味だった。
自ら仕込んだ米麹と地元の大豆を木製樽で時間をかけて発酵させた米味噌。この糀屋が途絶えたら“味噌難民”になる家庭が多くあり、「その味、文化をたやしてはいけない」と、継業に立候補したのだ。
3代目から味噌づくりの技術や配合を習得し、必要な資金、事業計画を準備。開業場所を探すため山形に足繁く通う日々。当時、移住への理解がそこまでなく、なかなか物件を紹介してもらえなかったという。唯一、親切な不動産屋さんが見せてくれたのが、河北町にある築100年の土蔵付きの土地。
その蔵に一目惚れし、購入を決意。移住へのモチベーションアップの後押しとなり4年半の期間を経て2012年8月に移住。晴れて「矢ノ目糀屋」4代目となった。
「絶やしたくない味噌があったので、東京から一家で山形に移住した」と、徹さん。もちろんいいときも悪いときもあったという。移住から10年。これまでとこれからを聞いてみた。
「移住した当時、娘たちは12歳、10歳だったんですよ。多感な時期に家族で過ごす密な時間が増えたのはよかったなあ、と思いますね」と由美さん。徹さんも「麹文化」という種を蒔き、耕し続けている今、「ふとしたときに求めていたものがある、満ちてくるものがあるな、と感じます」とやりがいと充実を感じているという。
移住1年目から「矢ノ目糀屋」を知ってもらうためにマルシェ出店、SNS発信を積極的に行い、3年目にはカフェをオープン。麹屋と土蔵カフェという個性を打ち出し、ファンを増やしてきた。ここ数年の発酵食品を見直すブームやオンライン販売へのハードルが下がったことなどもあり、仕事は軌道に乗っている。
「変化して行くライフスタイルに寄り添いながら、麹という文化の本質をぶれることなくこれからも伝えていきたい」と話し、“小さく深く”を大切にするおふたりが印象的だった。
矢ノ目糀屋(糀屋カフェ たんとKitchen)
河北町谷地甲90 TEL:0237-85-0330 営業時間:12:00〜18:00※フード提供は木・金・土のみ 定休日:日曜日、毎月28日
イタリア野菜収穫体験へ
昼すぎからは野菜収穫体験に参加する。河北町はイタリア野菜の産地だそうで、イタリアンパセリやズッキーニ、ルッコラなどすでになじみのある品種から、ロマネスコ(カリフラワーの一種)やトレヴィーゾ・タルディーボ(チコリの一種)など60品種ほどが栽培されている。
というのは、北イタリアと気候が似ている河北町。商工会が国産イタリア野菜はレストランなどからのニーズが高いと見込み、野菜農家に声かけ。「かほくイタリア野菜研究会」が発足されたという。
農家さんが集まって勉強会を開いたり、販路を切り開いたりと切磋琢磨しあう。ほかでは作っていない特色ある作物が育てば、農業の新しい柱になる、というわけだ。
今回、たずねたのは研究会の中心人物である太田進一さんのスティックブロッコリーと理事長・牧野聡さんのトレヴィーゾ・タルディーボのビニールハウス2ケ所。とれたての野菜のおいしさについては後に譲るとして、研究会のみなさんの熱意がすごい。イタリア野菜の育て方の研究には余念がなく、農家だけでなくシェフ、ソムリエ、オリーブオイルエキスパートなど食のプロとともにおいしい食べ方を発信。いまや日本中の料理人が、河北町のイタリア野菜に注目しているとか。
たしかに、私が料理をするなら輸入の高いイタリア野菜を買うより、日本で作られた新鮮な野菜を使いたい。これまでは、県内や関東方面のイタリア料理店など取引していたが、コロナでレストランとの取引量が減ったため、「ひな産直」や地元のマルシェ、オンラインでも販売。首都圏では百貨店のほか、三軒茶屋のアンテナショップ「かほくらし」でも購入できる。イタリア野菜は、イタリアワインの人気上昇とともにおいしいものが好きな若い世代にじわじわと浸透中、とも聞いている。オンラインなど身近に買えるようになったとは! 北イタリアのワインと合わせたり、レストランの味の再現に挑戦したり、と家の食卓での楽しみが増えそうだ。
太田さん、牧野さんはかほくイタリア野菜研究会のほか「かほくさくらんぼ塾(河北町就農研修生受入協議会)」で新規就農者の支援に向けて現地見学会の開催や、就農体験の受入農家を担っている。ほか一般向けの農業体験は「ひなの宿」にて申し込みができる。
かほくイタリア野菜研究会
https://kahoku-italia-yasai.com/
(就農相談について)
かほくさくらんぼ塾 事務局(河北町農林振興課) TEL:0237-73-2112 MAIL:norin@town.kahoku.yamagata.jp
(農業体験について)
ひなの宿 農業体験係 TEL:0237-85-0789
マイソウルフード、冷たい肉そば
午後から出かけることを目標に、仕事を猛スピードで片付ける。河北町のさらなるリサーチ、散策をするのだ。とはいえ、そんなに欲張らず張り切りもしない。もしも、この街に住んだら、「土曜日、どんなふうにすごしたいか」の妄想のもと、巡ってみる。
あ、妄想上の話で失礼します。土曜日はきっと朝寝坊して、起きても料理はしたくないはず。「そばでも食べに行こうかな」と、財布と携帯電話だけつかんでぶらぶらと出かけることだろう。
そこで、昼ごはんに河北町のソウルフード「冷たい肉そば」を食べに行く。コシの強い田舎そばに、鶏肉からダシをとった甘じょっぱいスープをかけ、親鶏のチャーシューとネギを載せるのが「河北町式」とか。冷たいそばも好物、甘じょっぱいスープも好物となれば、間違いない。スープだけ飲むとさっぱりしたラーメンのようでもあり、でも、そばにしか出せない力強い風味もあり、今まで存在を知らなかったことが悔やまれ、ふとしたときに無性に食べたくなるんだろうな、と想像できるほど好きになってしまった。町内約20店舗でこの肉そばは提供され、16店舗のそば屋さんで結成する「谷地の肉そば会」が味を守り続けているとか。お店によって味がちがうそうで、16店舗全部ハシゴするには何日必要か?と真剣に考えてしまう。
白鳥十郎そば本舗
河北町字月山堂407-1 TEL:0237-73-2693 営業時間:11:00~15:00、17:00~19:30 定休日:木曜
地元で愛される酒造へ
日本酒も外せないよね、ということで、河北町にふたつある酒造のひとつ「和田酒造」におじゃまする。寛政9年創業(当時の将軍は11代・徳川家斉)の歴史があり、地域密着で製造数はごく僅かながら、全国新酒鑑評会でなんども金賞を受賞する酒造だそうだ。この状況でなければ、主要銘柄である『あら玉』『月山丸』など試飲させてもらえるのだけど、今回は酒造見学とオリジナルラベルを作らせてもらうことに。
酒造見学では、ちょうど2週間ほど前に仕込んだばかりというタンクを覗かせてもらう。ふたがあくとほんのりあたたかい空気が立ち上り、発酵でぽこんぽこんと表面に大粋な泡が次々と浮き上がってくる。これは、町内にある県立谷地高校の生徒がプロデュースし、仕込んだもので、「谷地の雫(しずく)」と命名され限定数販売する予定とか。蒸した酒米と清らかな水とこうじで作る日本酒。しかも、材料のすべてが地元のものなのだから、なんともほこらしい。「小さくても存在感のある地元で愛される地酒屋でありたい」という和田酒造HPにあった言葉に、“そうそう、そうだよな”とうなずく。
和田酒造合資会社
河北町谷地甲17 TEL:0237-72-3105 要予約
ライトアップを見にいく
「如月恋ひなまつり」なるイルミネーションがあると聞いて、日も落ちかけた17時ごろ会場である河北町紅花資料館へ。これは、ひとあしはやい、“冬のひなまつり”をテーマにしているそうで、カラフルなトンネルをくぐったり、雪灯籠や雪像を眺めながら庭園を進むと、最後にはハートのイルミネーションが。雪にライトが反射して、まさに煌めく世界。ご家族連れ、カップル、ひとりで来ている男性など写真撮影を楽しんでいる人が多く、幻想的で冬の夜にすごくいいイベント。期間限定なのでご注意を。
河北町紅花資料館
河北町谷地戊1143 TEL:0237-73-3500 営業時間:9:00~17:00(11月~2月は16:00まで) 入館料:(個人)大人400円、高校生150円、小・中学生70円 「如月恋ひなまつりイルミネーション」毎年2月上~中旬開催(期間中は入館料無料)
町の愛され鮨屋で、晩餐を
せっかくの最終日の夜。好物のお寿司を食べに行く。家のそばにいい佇まいの店があったのだ。『dancyu』という雑誌のウェブ連載「みんなの町鮨」が好きで、よく読んでいる。町鮨というのは、“家族の大切な日に、自分へのささやかなご褒美に、いいことがあった日のちょっとした贅沢に、寄り添う一軒”のことだそうで、こちらの「紀の代寿司 本店」は、まさに、町鮨な雰囲気。
のれんをくぐり、カウンターに座らせてもらう。
何を飲もうか、ええっと、と考えていると、「河北町には乾杯条例があって、地酒での乾杯をおすすめしているんですよ」と聞いて、地酒3種飲み比べを。
つまみの種類が充実していて、マグロのヅケ、卵焼きがさっと出てくる。
今日のおすすめをうかがうと、「三崎港のマグロ」。山形の魚ではないんですね!?
「河北町は、意外と海から距離があるんです。だから、山形の魚にこだわらず、おいしい魚を全国から仕入れているんですよ」とご主人。よし、いつも偏った好きなネタばかり頼んでしまうので、おすすめが17貫のった「上生寿司大盛」をお願いする。脂ののった冬の魚と、山形のシャリ。素材が一級品同士の組み合わせはシンプルの極みで、いや、おいしい。
紀の代寿司 本店
河北町谷地甲33 TEL:0237-72-3916 営業時間:11:00〜13:30、17:00~22:00 定休日:水曜日(営業の場合あり)
3泊4日の滞在。次にくる機会があれば夫を誘ってみよう。きっと、今までになかった生活スタイルや、これからの人生の可能性を感じて楽しんでくれるはずだ。
前編はこちら
Photo:新井智子
Text:柳澤智子