「乙女の金沢」のハンサムな仕掛け人
岩本清商店 岩本歩弓さん
金沢旅行を計画している方に、是非ともおすすめしたいガイドブックがあります。その名も『乙女の金沢』(発行:マーブルブックス)。2006年に初版が出版され、データーを更新しながら、現在も絶賛発売中。今や金沢旅行のバイブルといえる一冊です。
先にお伝えしておくと、この本には兼六園やひがし茶屋街といった“ザ・金沢”な観光スポットは一切載っておりませんのであしからず。そのかわりに、地元商店街で売られている美味しいコーヒー豆や、お散歩したい路地裏など、金沢の日常にある、良きモノ・ヒト・コトが丁寧に紹介されています。
その編集を担当していたのが、今回ご紹介する岩本歩弓さんです。岩本さんの実家は金沢の桐工芸店「岩本清商店」で、大学進学とともに上京。そのまま東京の出版社「リトルモア」に勤め、2004年にご主人と一緒に金沢の実家に戻ってきました。
「東京から金沢に戻ったばかりの頃は、仕事のペースもいまいちわからなくて、街中をよくウロウロしてたんです。(笑)自動車免許も持ってないので、歩いて巡っては気になったお店に入ったりして。そしたら、昔からあるお店や、小さなお店の店主がすごく面白くって。みんな自由で個性的、良い意味で“いびつ”というのかな(笑)。そんな頃、東京の友人が金沢に遊びにきたときに、一緒に観光案内していて気付いたことがあって。出版関係の友人も、いわゆる定番の観光ガイドを持ってきている人が多くて、金沢のことって意外と都会からは見えないもんなんだなぁと。もっといい場所も、もっといいモノもあるのになぁって」
運命とは面白いもので、そんな折に昔の上司から「金沢のガイド本を作らない?」という話が舞い込みます。そうして生まれた『乙女の金沢』。そこには、地元の人も気にとめていたなかった“アナザー・金沢”が鮮やかに写し出されており、観光客のみならず、地元でも話題となりました。
その後、『乙女の金沢』の人気が乗じて、乙女の金沢的セレクトアイテムの展示・販売会を東京でやらないかというお声が三越のバイヤーさんからかかり、今や全国を巡回する「乙女の金沢展」がはじまります。その他にも、メイドイン石川の工芸品やフードが集まるクラフトフェア「乙女の金沢 春ららら市」(イベント記事でご紹介中)が開催されるなど、一冊の本からはじまった「乙女の金沢」は、どんどんと大きく展開していっています。
「乙女の金沢」というガーリーな響きのこの企画が、形を変えながら展開し続けるパワーをもっているのは、岩本さんの目利きセンスもさることながら、その“ハンサム”な仕事っぷりにもありました。
岩本さんは“企画に人をはめ込む”というようなやり方は決してせず、一軒一軒足を運んでは、「どんなことしたら楽しいかねー」とみんなの意見をたずねてまわります。(金沢の街中を運転していると、歩いている岩本さんの姿を本当によく目撃します)。時間も手間もかかるけれど、そうして生まれた「それ、おもしろいねー!」だけが、コンセプトや大義名分を超えて、人の心をときめかせることができるのです。「イベントは出てくれる人ありき。金沢には、小さいけれど志をもってやっている人達がたくさんいます。だから私は間にいて、なるべく気軽に、広く、その人達とお客様との距離を近づけられたらいいなとは思っています」
岩本さんは、いつも人と話し合いを重ねながら、答えを探していきます。出来合いの工芸論や作家論には頼りません。「作家さんにも、いろんな人がいていいんだと思う。自己プロデュースができる人もいれば、注文に技術で応える職人的な人、人に教えることが好きな人―。それぞれが、その人らしくできるのが一番いい。こうでなくてはならないということはひとつもないと思うので、それぞれの“いびつさ”を活かしていただけたらいいなと」。今や様々な企画のアドバイザーとしても多忙な岩本さん、けれど今日も相変わらず徒歩でてくてく歩きながら、金沢の心ときめく瞬間を探しています。