【岐阜県関市】暮らしに寄り添う“道具”を生み出す「志津刃物製作所」
インタビュー
刃物で知られる岐阜県・関市で、伝統技術の継承と新しい製品開発への取り組みに情熱を注いでいらっしゃる「志津刃物製作所」を訪ねました!
【real local名古屋では名古屋/愛知をはじめとする東海地方を盛り上げている人やプロジェクトについて積極的に取材しています。】
関市といえば刃物のまち。刃物といえば関市。そんな印象を抱いている方も少なくはないかと思います。
都市ごとに独自の商工業が栄え出した鎌倉時代を皮切りに、関の刃物は今日に至るまで伝統工芸品としての確固たる地位を築いています。
一方で、同時期に発生した伝統工芸品とは少し毛色が違う側面もあります。他の工芸品のほとんどが美術品のように高価な値がついているのと比べ、関の刃物は一般的な家庭で使われる三徳包丁など、現代の人々の暮らしに寄り添う「道具」としての姿も持ち合わせています。
始まりは“刃物の磨き職人”。
今回取材させていただいたのは志津刃物製作所3代目社長堀部久志さん、そしてその息子さんである喜学さんのおふたり。
志津刃物製作所は創業1959年(昭和34年)、刃物の磨き職人であった現社長のお父さまが初代。創業初期の頃は他社ブランドの製品を開発する技術職人(OEM)として発展していきました。
1980年には有限会社志津刃物製作所として法人化。
この頃、OEMからの脱却を目指し、自社ブランド製品の開発に乗り出します。
第2の始まりは“パン切り包丁”!?
その中のひとつが『morinoki』。一本のパン切り包丁から始まったシリーズです。
これまでのOEMの歴史の中で、お客さまの仕様に併せて変化させ、さまざまな波刃形状のパン切り包丁をつくってきました。自社のオリジナルパン切り包丁開発にあたり、これまで自社が手がけたパン切り包丁を改めて使ってみました。もちろん切ることはできましたが、どうにも満足できませんでした。パンを切る専用の包丁なのに。
さらには社内で話をしてみると、なんと自社のパン切り包丁の利用率があまりに低い…!刃物メーカーとしての意地にメラッと火がついた瞬間です。そこから、自分たちが満足できるパン切り包丁を目指して試行錯誤。パン屑が出にくく、やわらかいパンにも固いパンにも最適な波刃形状とは…と頭を悩ませながらこれまでの技術力を総動員し、繰り返し切り試しを重ねた末にようやく自慢のパン切り包丁が完成しました。
そしてこの『morinoki』は女性の事務職員さんの意見、デザイナーさんの意見を中心に開発がなされました。これまでの歴史を培ってきた技術者ではなく、です。
「この時、志津刃物製作所に新しい風がすうっと入り込むのを感じました。」と喜学さん。
morinokiシリーズの、一見シンプルで直線的に見えるペティナイフのハンドルを手にしたとき、驚きのあまり頬が緩んで、にぎにぎとその感触を確かめてしまいました。
後からよくよくパンフレットを読み込んでみると「手に触れた瞬間おもわずニッコリするような包丁がほしいな」なんて文言があって、まんまとその思惑どおりに(笑)。
ハンドルに用いられている無垢のケヤキは、その全面すべてに至るまで繊細でゆるやかなカーブが施されており、それが不思議なほど手にしっとりと馴染むのです。
またシリーズのひとつである『万能ナイフ』は、従来どおりの三徳包丁であるとか、ペティナイフのようなカテゴライズには当てはまらない、ある意味中途半端なサイズの包丁。例えば我が家にあるごく一般的なステンレスの三徳包丁はおよそ150gの重さ。それに対してこの万能ナイフはたった73gと、とても軽い。すらりと細く、その軽やかな見た目や使い勝手は調理や食卓をも軽やかにするだろうと、その先にある暮らしが想像でき、なんだかわくわくしました。道具が暮らしをつくる、まさに“関の刃物”ですね。
使う人の“顔”が見える商品を。
志津刃物製作所の提案する包丁には、比較的手が小さく力も強くない女性が疲労感なく使えるような『ゆり』や、しっかりとした重さや握りごたえを得たい男性がザクザクと使えるような『やまと』、お子様に向けてつくられた小さいけれどするっと切れ味の良い包丁など、様々なものがあります。
人それぞれに違う暮らしがあって、食事との向き合い方があって、その包丁とともにどんな人がどんな生活をしていくのか。その暮らしの物語に寄り添うことを何よりも大切に、そして本当に楽しそうに語ってくださいました。
関のまちの“刃物愛”。
また、関市には「刃物供養祭」という文化が40年近くも前から存在します。(2021年に第37回が開催されました。)
全国から回収された刃物は刃物供養祭で供養された後、鋼とステンレスの素材ごとに分けられ再生利用されます。(まだ使用可能な刃物は災害時支援に活用できるよう、メンテナンス後、リユースされます。)永年使用した愛着のある道具にはきちんと供養という形で感謝し、技術者たちはそれをもう一度新たなものとして蘇らせていく。そのサイクルが当たり前のように根付いています。
道具を大切にするために、生活を大切にする。生活を大切にするために、道具を大切にする。自分たちが生み出した道具を使ってもらうだけでなく、きちんと供養し再び循環させる。ものづくりのまち、関市のひとならではの発想なのだと思いました。
これからの志津刃物製作所。
志津刃物製作所は、現代を生きるわたしたちに寄り添う、新しさの波とともに成長している企業です。いま、誰にどんな道具を使ってもらうのか。どんな生活を送って欲しいか。その道具をつくるための技術は、長い間培われてきた関の刃物の歴史です。さらに言えば、新しい道具を生み出すために新しい技術も進化しています。長い長い歴史の地続きの道を、今も着実に伸ばしているのです。
これからも、「ものづくりへのこだわり」を持ち続け、暮らしに寄り添う新たな相棒(道具)をどんどん世に生み出してくれると思います。まだ見たことのない生活の景色が、わたしたちを待っています。
4月。新生活が始まる方もたくさんいらっしゃると思います。新たな相棒とともに新生活をスタートしたい方、ぜひ志津刃物製作所さんの暮らしに寄り添う道具をご検討ください。