【山形 / 連載】穏やかな休日のための音楽15
連載
「穏やかな休日のための音楽」では、毎回山形に縁のある南米のアーティストとそのアルバムを紹介しています。
2020年10月11日の山形新聞「日曜随想」 にも書きましたが、アルゼンチンを代表するギタリスト、キケ・シネシ(Quique Sinesi)は我々の招聘では今まで最も数多く山形を訪れたアーティストです。地球の裏側であるアルゼンチンから、なんと5回も来ていただいているのですから、感謝に耐えません。彼のキャリアなどは是非上述の「日曜随想」からご確認ください。ちなみにコロナ禍で我々がライブの主催ができなくなる前の、現在のところ最後の公演で山形に来てくれたのもキケでした。
我々がキケを知るきっかけは、カルロス・アギーレ・グループの処女作、通称「Crema」というアルバムで彼が参加していた「永遠の三つの願い」という曲でした。
このアルバムは個人的には現代フォルクローレの最高峰の一つであり、記念碑的な作品であると思っています。そのアルバムに参加していたキケ・シネシの瑞々しいギターによって、現代フォルクローレのファンにとっては決して忘れられないアーティストになったのです。
多くの著名なアーティストとの共演で世界中を飛び回るキケは、実に旅慣れていて長旅で疲れていても常に紳士的でお洒落で社交的です。主催する我々にとってはとてもありがたい、気の置けない、また尊敬すべき存在でもあります。その音楽は、長いキャリアに裏打ちされた高度な演奏能力と、フォルクローレ、ジャズ、タンゴ、ロックなど様々なスタイルを経験し、消化吸収した幅広くジャンルを超越したものであり、川面に光る陽光の優しい煌めきを感じさせるような、聴くものの意識に映像的なイメージを惹起させるものです。
今回紹介するアルバムは、息子でありギタリスト/シンガー・ソングライターのアウグスト・シネシ(Augusuto Sinesi)と共演した「シネシス・デュオ(Sinesis Duo)」名義のファースト・アルバム、「オータス・イ・ルータス・ヌエバス(Hojas y rutas nuevas)」です。息子アウグストとはこのコロナ禍でも多くの共演を重ねており、SNSなどでも二人の共演を見る機会が度々ありました。
本作はそんなシネシ親子が自宅のスタジオを主体に録音し、じっくりと熟成させた芳醇なアルバムで、日本では3月11日にリリースされたばかりです。アウグストの楽曲と幻想的なハイトーンの歌やスキャット、素朴なメロディカの響き、そして親子二人のギターによる親密な交歓が、もともと映像的なキケの音楽に新たな色彩感を与えています。またブラジルからジョアナ・ケイロスがバス・クラリネットで、アルゼンチンの盟友カルロス・アギーレがキーボード、フレットレス・ベースなどでゲスト参加して、親子の音楽に彩りを添えています。この美しく心地よい音楽は、現代アルゼンチン音楽の到達点の一つと言っても過言ではないでしょう。穏やかな春の休日にのんびりと、外の景色を眺めながら聴いていただきたい逸品です。
なおジャケットの写真はなんとカルロス・アギーレが撮影したものとのこと。
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