蔵王の山の麓で。自然と人に寄り添うものづくり/木工作家・佐藤辰徳さん
移住者の声
2018年の4月から福島から山形に移り住んだ木工作家・佐藤辰徳さん。今年で5年目となる山形での暮らしについて話を伺いました。
山形市旅篭町にある複合施設〈gura〉のラウンジホールで開催されていた、木工作家・佐藤辰徳さんの個展を訪れた。石蔵を組み直してつくられた建物の空間は、天井が高く自然光が射し込んできて心地良い。マスク越しに感じる木の香りとゆったりと流れる音楽に、心がほぐれていく。
本展では、オイル仕上げや拭き漆の木の器、一輪挿しやボールペンなどの作品を展示販売するほか、実験的に試作品の一部も展示(会期は5月5日〜5月7日の3日間で現在は終了)。現在に至るまでの過程を振り返りつつ、木という素材が持つ魅力や自身のものづくり、今年で5年目となる山形での暮らしについて話をうかがった。
素材の良し悪しよりも個性を大切に
蔵王の山の麓に工房を構え、木の器や花器などを制作する〈sato wood studio〉の佐藤辰徳さん。木の個性を生かすこと。日常の暮らしに寄り添うものを作ること。この2つが制作のテーマであり、それぞれのバランスを大切にしている。
「器は料理を盛るものなので、まずは道具としての機能を満たしていること、使いやすさに重点を置いています。木目や色味を生かしたいので、仕上げはアマニ油のみです。ドライフラワーの一輪挿しなどはインテリアとして楽しむものなので、材に割れたり穴が開いたりしている箇所があっても木の個性として生かします。作品の用途によって、素材を使い分けるようにしています」
主に県産の材を使い、クリ、クルミ、サクラ、ホオ、ケヤキなど樹種もさまざま。虫食いや割れ、フシがあるものなど、材としては扱いにくいとされるものも敢えて使うようにしている。
「木も人間と同じでいろんな個性を持っているし、割れやフシは必ずあるものだから、そこも生かしたいですよね。それに木の良し悪しって、人間が勝手に決めているものじゃないですか。木を見る尺度を自分の中で再構築して、見方を変えることでもっと魅力を感じてもらいたいという思いは強くあります」。
木の魅力は時間軸によって育まれる
福島県会津若松市で生まれ育ち、高校卒業後は一度、社会人の経験も経て、東京の武蔵野美術大学で工業デザインを専攻。家電や日用雑貨などのデザインを学ぶ一方で、人の暮らしに近いものを作りたいと考えるようになった。
「消費されるだけではなくて、長く使う過程で価値を感じられるようなものを作りたいと思うようになったんです」。
大学を卒業してからは地元会津の仏壇店に就職し、4年ほど仏壇制作に携わる。そこで本格的に木という素材にふれ、魅力を感じたという。
「この素材の魅力は“時間軸”にあると思います。木って、成長するのにすごく時間がかかりますよね。次に材料として使えるようになるまでの時間もかかる。伐採後に丸太を板にして、何年も乾燥させるんですよ。それから自分が器にして使う人の手に渡り、使う過程でも変化していく。素材から材料になるまでの時間。加工を挟んで、経年変化しながら使い手の器として育っていく時間。その時間の感覚って、木という素材ならではだと思うんです」
つくること、その先にあるもの
器づくりの技術は大部分が独学で、書籍や動画などを参考にしながら徐々に身に付けたという。
「はじめは趣味程度だったんですけど、会津に住んでいた頃に木工旋盤のワークショップに参加したのをきっかけにどんどんのめり込んでいきました。自分の興味があることに対しては、ひたむきというか貪欲な方ですね。それに、作家としての活動はずっとやりたかったことでもあったので」
木の塊を旋盤機に固定し回転させながら、刃物を押し当てて木を削り形にしていくウッドターニングという技法。ゆえに制作時は大量の木くずが出る。例えばお椀を作る場合、元の材料の半分以上が木くずと化してしまう。
「こういったものも廃棄せずに生かしたいと思って考えたのがルームフレグランスです。木くずにアロマオイルを染み込ませてガラス容器に入れています。木は有限な材料ですし、なるべく無駄にしたくないというか、作る立場にいる以上は何かしらの責任があると思っていて。木くずの活用法はいろいろ考えていきたいですね」
大切な思い出や記憶を新たな形に宿す
現存する世界最古の木造建築に法隆寺があるように、木の寿命は人間よりも遥かに長い。普段は意識していなくても、そう聞くとなんだか素材への敬意のようなものが生まれる。〈sato wood studio〉では、長年住んだ家を解体した柱や、使う人を失った家具、伐採された樹木などを使ってリメイクすることも可能だ。
「自分の体験として、亡くなった祖父がずっと使っていたものを処分せざるを得なくて寂しい思いをしたことがありました。それから東日本大震災が起こった当時、私は福島にいたのですが、多くの住宅に被害が出て、取り壊されて更地になっていく光景に心を傷めていました。そこから自分にできることはないかと考えて辿り着いたのが、木という素材を生かしたリメイクでした。元の形は失われても、そのものに宿る記憶や思い出を受け継いでいけるようなお手伝いができたらと思っています」
木を生かしたものづくりは、地域とも密接にかかわっている。昨年のことである。佐藤さんに「ご神木があるのだが、作品作りに使ってもらえないか」という依頼があった。街の風景として人々の記憶に刻まれている樹木も、時に厄介者として扱われてしまう。安全面を考慮し止むなく伐採された山形市内にある神社のヤマザクラの木は、佐藤さんの手によって、仏具として用いられる香合(こうごう)というお香入れと高坏(たかつき)という台付きのお皿に生まれ変わった。
「自分のものづくりに興味を持っていただけたのは嬉しい経験でした。最近では、こんな木材あるから使ってくれないか、なんて声をかけていただくことも多いのでありがたいです」
豊かな自然と多様な文化が交差する街で
2018年の4月から福島から山形に移り住み、現在は家族4人暮らし。山形市出身の奥さんとは大学時代に出会い、のちに結婚。5歳と3歳のお子さんがいる。ものづくりの新たな拠点を構えたことや、山形市内の若葉町にあるカフェ〈トキイロ〉から器のオーダーがあったことが後押しとなり、本格的に作家活動を行うようになった。
「山形にいると、新しいことにチャレンジする人が多いなという印象はあります。自分はこういう制作活動をしていますが、まわりにもいろんなことをやっている人がいて。街全体にそういった人たちを受け入れてくれるような雰囲気がある気がします」
希望の物件が見つかり、今の場所に引っ越したのは昨年5月。敷地の中に住居と工房がある。一番の決め手は、豊かな自然と市街地との距離感のバランス。家の周りは木々に囲まれ、クルミ、クワ、ナラ、ケヤキとさまざま。リスやタヌキを見かけたりもするそうで、ある日のSNSの投稿を見ると、工房に猿がやってきていた。そんな環境でありながら、駅前までは車で15分ほど。近くにはバス停もある。たしかに住むにはちょうどいい。
「幼い頃から山の中で遊んでいたので、いずれは同じような環境で暮らしたいと思っていました。自然が近いと季節の移り変わりがよくわかるんです。秋はすごく紅葉が綺麗だし、冬は真っ白になるし。今年は雪が多くて大変でしたが、それでもやっぱり自然がそばにあるのは良いですよね」
自然を身近に感じながら行うものづくりと、暮らすことで見えてくるもの。大切にしたいと考えているのは、自然や人とのつながりの中から生まれる“循環”。素材が持つ可能性を模索しながら、佐藤さんは今日も、山の麓の工房で木と向き合っている。
sato wood studio
https://www.satowoodstudio.com/
取材・文:井上春香