日常の「装い」を、もっと自由に。/ tatazumaiizumai ディレクター・山下拓郎さん
インタビュー
〈やまがたクリエイティブシティセンターQ1〉内に昨年オープンした洋服店〈tatazumaiizumai〉は、古着と新品を融合させた新しい形の洋服店。ディレクターである山下拓郎さんは、2021年に仙台から山形市へUターンしました。今回のインタビューは、山下さんが考える仕事やお店の在り方、洋服のこと、そして現在の暮らしについて、お話をうかがいました。
自分の感受性を育てる
その佇まい、居住い。
山形市内に〈tatazumaiizumai〉という洋服店がある。あらゆる性別や年齢の人に向けて洋服を自由に楽しむことを提案するこの店では、新品も古着も分け隔てなく取り扱っている。
「新品と古着ってまったく別物ですけど、洋服という意味では同じ。新品のシャツでも加工次第で古着っぽく見えるし、その逆もあります。だから両方混ぜ込んだときに、洋服にめちゃくちゃ詳しい人でも『これって新品?古着?』みたいな感じで区別がつかなくなることがあるんです。だからこそ、そこに新しいコミュニケーションが生まれるんです」
そう話すのは、ディレクターの山下拓郎さん。答えを求める前に、わからなさや曖昧さを自分なりに楽しんでもいいのではないだろうか。店名にはそんな提案や意志が込められている。
「佇まい、っていう言葉がもともと好きだったんです。洋服について話すときに、たとえば『シルエットがきれい』でも伝わるんですけど、それを佇まいと表現するだけで、抽象的でありながら雰囲気まで伝わる感じがあって、すごく良いワードだなと。お店の名前は当初、“tatazumai”だけで考えていたんですけど、最終的に“izumai(居住い)”が加わりました。居住いっていうのは、住んでいる周りの環境、要するに山形という場所とそこにいる人たち、ものだけではない部分にも着目していることを意味します。初めてお店にきてくれたお客さんや通りかかった人が、入り口で立ち止まって『たたずまいいずまい……?』って声に出して読んでくれているのをよく見かけるんですけど(笑)、たしかに不思議と耳に残りますよね」
日用品としてではない
嗜好品としての洋服
アパレルブランドと古着。商品を選ぶときは、それぞれにどんなことを大切にしているのだろう。
「ブランドの場合は人ですね。作っている人の世界観や面白さ。ただし、そこに至るまでにはプロダクトとしての良さや魅力がないと辿り着けないので、入り口として“ものの良さ”が前提になってきます」
一方で、古着の場合は海外での買い付けをメインとしているため、同じ洋服でも選ぶときの基準が大きく異なる。現地のディーラーを開拓したり、フリーマーケットやスリフトショップを回ったりしながら自分たちが主体となってものを選ぶなかで、いかに良いものを掘ってくることができるか、どんな視点で提案するかが重要。なんとなく編集の視点とも似ている。また、「古着」という言葉の用いられ方について、思うところがあるという。
「最近ではディスカウントショップとかリセールショップも全部引っくるめて“古着屋”って呼ぶ傾向があると思うんですけど、僕らのようなヴィンテージものを扱う古着屋としては、プライドを持って違うといいたいですね。大切だと思うのは、お店の意思が伝わるかどうか。でも、それってこちら側のエゴでもあるから、伝えるのって難しいなと思います。
うちの店で扱っている洋服は、完全に嗜好品だという自覚があるんですよ。だから真っ先に来るお店じゃなくていいんです。手頃な値段で買える良い服はたくさんありますし。ただ自分はそうじゃない洋服が好きなんです。バランスの取れた大衆的な“好き”よりも、熱量があって偏っている“好き”を求める人たちに深く刺さることをやっていきたいですね」
知らない山形を教えてくれた
〈Q1〉というユニークな場所
お店の場所を決めるにあたり、初めてこの空間に足を踏み入れたときのこと。
「当時は床も貼られていない状態だったんですけど、まさに、いい佇まいだなあって思ったんですよね。だからこのお店は、空間や場所ありきという部分も大いにあります。ドアを開けてお店に入ったときに見える窓越しの景色も良かったんですよね。この場所は七日町のメイン通りからちょっと外れたところ、裏側にあたるんですけど、地元なのに今までほとんどきたことがなかったんです。子どものころはシネマ通りの映画館によくきていたこともあったのに、ここに小学校があるなんて全然知りませんでした」
元が小学校の旧校舎という建物の魅力に加え、隣が小学校の新校舎という環境もあって、子どもたちの気配を身近に感じられる場としての面白さも大きな決め手となった。下校時間になると昇降口(建物の入口)あたりが小学生たちで溢れ返っていることもあり、なかなか新鮮な光景だとも話す。
興味があること、進むべき道。
見つかるタイミングは人それぞれ
高校卒業後、専門学校へ入学するタイミングで山形市を離れ、仙台へ。最初に選んだ道は、今とはまったくの異業種であった。
「当時は興味があることや職業が明確じゃなかったんです。きっかけとしてあったのが、実家には犬がいたんですけど、そこでトリマーの仕事を思い付いたんです(笑)。父が家畜専門の獣医師で、幼いころによく牛舎に付いて行っていたんですね。すると必ず犬がいて、そこで生まれた子犬を飼っていたこともあるんです」
仙台のトリミングの専門学校とアルバイト先のちょうど中間には、のちの職場となるUtah(ユタ)という古着店があり、当時は毎日のように通っていたという山下さん。専門学校卒業後、トリマーとして働いていた時期はあるものの、すぐに現在のアパレル会社へ転職。この店との出会いによって、自分の興味の方向性が次第に明確になっていった。
「最初はUtahにいたんですけど、数年後にIORIというレディースのお店の立ち上げにもかかわりました。そのあとnariwaiというセレクトショップができて、今もマネージャーをしています。tatazumaiizumaiをオープンするにあたり、僕ら家族の引っ越しは全然関係ないんですけど、絶妙なタイミングではありました。山形に戻って少し経ってから、同級生の友人がQ1の話を紹介してくれたんです。お店のことを任せてくれた会社の代表もそうですし、いろんな人に支えられて実現できたことでもあります」
仙台での暮らしは15年ほど、山形にUターンしたのは2年前。馬見ヶ崎川沿いをよく散歩するという。この地で生まれ育った人にとっては、春は桜、夏は川遊び、秋は芋煮会といったように、さまざまな思い出や記憶に寄り添う特別な場所でもある。
「この近くには護国神社があって、初詣は毎回ここです。今年は久しぶりに植木市も開催されていて、すごく賑わっていました。あとは薬師公園。子どもと一緒によく来るんです。小学校に入ったばかりで、6歳になりました。無料で利用できる施設も多いので、子育ての環境は整っていると思います。〈べにっこひろば〉とか、新しくできた〈コパル〉もいいですよ」
“日常のふとした瞬間て良いよね”
「toaruhi」というプロジェクト
Q1内に店舗を構える三者、洋服店〈tatazumaiizumai〉、美容室〈SOU〉、本と服や雑貨を扱う〈NEW CULTURE BOUTIQUE(ニウ)〉と、一人のフォトグラファーによる「toaruhi」というプロジェクトがある。人と風景をともに記録に残し、山形で暮らす人たちの日常とスタイルを切り取っていくという試みだ。基本的にはその人の普段のコーディネートをベースに、tatazumaiizumaiやNEW CULTURE BOUTIQUE(ニウ)にあるアイテムをちょっとだけ組み合わせて、ほんの少しだけSOUがヘアスタイルを整える。身近な場所で、なるべく手を加えないようにすることが大前提。
山下さんいわく、日常の暮らしとファッションというものは「微妙にリンクしているようでしていない」ときがあるそうだ。お客さんとの会話で印象に残った出来事があるという。
「その方はジャケットをすごく気に入ってくれていたんですけど、『着て行くところがないよ』っていうんです。それを聞いた僕は、純粋な気持ちで『普通に着れば良いんじゃないですか?』と(笑)。自分が気に入ったものだったら毎日着ればいいのになって。でも意外とそういうふうに思っていない人も多いのかもしれないと思って」
装うということは、特別な日だけのものではない。たとえばいつも行くコンビニに、身だしなみを整えて白シャツを着て行っても別に悪くない。そうすると、自由に好きな服を着れば良いと思えるようになるはず。誰のためでもなく、自分のために。
「このプロジェクトは、そういうことを少しでも散りばめられたらいいんじゃないか、っていうことで始まったんです。その人のパーソナルな部分や生活が垣間見えて、コミュニケーションが生まれるのもやっていて楽しいので、これからも続けていきたいですね。この街に暮らす人たちが、自分の個性やスタイルをもっと肯定しながら、今ここにしかない魅力を感じてもらえたらいいなと思っています」
INFORMATION
tatazumaiizumai(タタズマイイズマイ)
山形県山形市本町1-5-19
やまがたクリエイティブシティセンターQ1内 2-A
営業時間 11:00〜18:00
定休日 月・火・水曜
Instagram:@tatazumaiizumai
写真:根岸功
文:井上春香