【ここは〈わたしの会社〉です】その1:遠藤綾さんのポストカード。
連載
「〈わたしの会社〉って、なんだろう?」 そんなふとしたきっかけから興味を抱き、一歩踏み込んでみると、素敵な人たちと出会うことができました。わたしとあなたの異なる個性、お互いの立場のわからなさ、わかりあえなさ。いろいろあるけど、ここはなんだか楽しいところです。
生きる力が湧いてくる、「好き」の表現
きっかけは、一枚のポストカード。今まで見たことのない斬新な書体とカラフルな色使いに惹かれ、手に取ったまましばらく眺めていました。
ポストカードの裏には“「スタジオジブリの歌」©遠藤綾 わたしの会社” とあります。そもそも、〈わたしの会社〉という名前が気になるし、作者である遠藤綾さんは、どんな方なんだろう?どんどん興味が湧いてきた私は、山形を訪れるたびに彼女の作品を追いかけるようになりました。
昨年は、山形大学医学部付属病院1Fカフェテリア〈Sunday〉で開催されていた「Watashi no Kaisha 展 vol.1」と〈悠創館〉での展示「きざしとまなざし2022-やまがた障がい者芸術作品公募展-」へ。そのときは、ポスタービジュアルのようなちぎり絵の作品にも出会うことができました。画材や手法が変わっても一貫して変わらないのは、どこまでも真っ直ぐな「好き」のエネルギーがあふれているということ。遠藤綾さんというアーティストの表現は、どのようにして生まれているのだろう。気づけばすっかりファンになっていた私は、思い切ってご本人に会いに行くことにしました。
〈わたしの会社〉は鳥居ヶ丘公園のすぐ近く、のんびりとした気持ちの良い場所にありました。ここは、障がいを持つ人たちが創作活動を行ったり、一人の社会人として地域の役割を持って活躍したりする場を提供している事業所です。一人ひとりに “わたしの会社”と思える場所を提供したいということで、多くの人たちの手によって生まれた場所でもあります。敷地内には利用者のみなさんが制作した作品を販売するショップやカフェ、パン屋があり、だれでも利用することができます。
遠藤綾さんという人は、繊細かつ凛とした雰囲気が印象的でした。布を張った刺繍枠にぴったりとくっ付いてしまうほど顔を近づけながら、針を刺しては糸を引っ張るといった動きを繰り返しています。絵はもちろん刺繍のほか、歌や踊りも得意だそうで、綾さんのことをよく知る人たちは「何に対してもリズム感を持っている」「表現力豊かなマルチプレイヤー」などといいます。
ポストカードの原画を見せてもらうと、ジブリ作品のタイトルを中心に、ところどころにセーラームーン、名探偵コナン、ちびまる子ちゃんといったアニメのタイトルが、特徴的な文字でびっしりと書かれています。効果的にデザインされたタイトルの集合体に、手書きフォントの秀逸さと日本語の美しさを感じました。何よりもインパクトがあったのは、静かに伝わってくる熱量のようなもの。
綾さんの作品を目の前にすると、頭で考えて整理されたものとは違う、まとまらない感情や言葉が不思議と自然に湧き出てきます。なんでも言葉で説明したり伝えたりすることが多い私にとっては、どこか心地良い感覚がありました。どこを切り取っても、作品の端々に“わたし”が宿っていて、創作活動自体が生きる力になっているのだと感じます。
ご本人とお会いできたこともあり、「綾さんという存在自体がそうであるように、人の心をひらかせる何かがあるんだと思います」という施設長の遠藤暁子さんの言葉に大いに納得。利用者さんにとって、「つくる」という営みがどのようなものであるかという問いに対しては、次のように話してくれました。
「つくることは、その人にとっての大切な表現だと思っています。言葉で伝えるのが難しいときには、その人なりのコミュニケーションだったり、自分の中にあるものをアウトプットするための手段だったり。アートや創作活動というのは、その人がその人らしくいられるためのものであると同時に、社会に合わせるんじゃなくて、ここにいる方たちに合わせてもらうためのツールでもあると思っています。作品を展示したり販売したりしているのは、私たちしか知らないのはもったいないし、独り占めしちゃいけないなっていう思いもあるんですよ。みなさんや作品に出会ってほしいし、こうやってつながれるのってすごくうれしいことじゃないですか」
ものから人へ、人からものへ。ポストカードの衝撃があったからこそ出会えた遠藤綾さんというアーティストと、わたしの会社という場所。ここにくると、施設長の遠藤さんの“自分たちだけが独り占めしちゃいけない”という気持ちがよく分かります。
テレビ番組の「金曜ロードショー」をいつも楽しみにしているという話を聞いてから、ジブリ作品を放送していると綾さんのことが頭に浮かぶようになりました。次はどんな表現に出会えるのか楽しみです。どうかマイペースに、綾さんが心地良いと感じるリズムで。私自身もそうありたいと思っています。
DATA
社会福祉法人ほのぼの会 わたしの会社
山形県山形市鳥居ヶ丘26-27
023-633-2202
http://watashi-no-kaisha.net/
写真:三浦晴子
文:井上春香