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【ここは〈わたしの会社〉です】その1:遠藤綾さんのポストカード。

連載

2023.08.26

「〈わたしの会社〉って、なんだろう?」 そんなふとしたきっかけから興味を抱き、一歩踏み込んでみると、素敵な人たちと出会うことができました。わたしとあなたの異なる個性、お互いの立場のわからなさ、わかりあえなさ。いろいろあるけど、ここはなんだか楽しいところです。

【ここは〈わたしの会社〉です】その1:遠藤綾さんのポストカード。

生きる力が湧いてくる、「好き」の表現

きっかけは、一枚のポストカード。今まで見たことのない斬新な書体とカラフルな色使いに惹かれ、手に取ったまましばらく眺めていました。

ポストカードの裏には“「スタジオジブリの歌」©遠藤綾 わたしの会社” とあります。そもそも、〈わたしの会社〉という名前が気になるし、作者である遠藤綾さんは、どんな方なんだろう?どんどん興味が湧いてきた私は、山形を訪れるたびに彼女の作品を追いかけるようになりました。

昨年は、山形大学医学部付属病院1Fカフェテリア〈Sunday〉で開催されていた「Watashi no Kaisha 展 vol.1」と〈悠創館〉での展示「きざしとまなざし2022-やまがた障がい者芸術作品公募展-」へ。そのときは、ポスタービジュアルのようなちぎり絵の作品にも出会うことができました。画材や手法が変わっても一貫して変わらないのは、どこまでも真っ直ぐな「好き」のエネルギーがあふれているということ。遠藤綾さんというアーティストの表現は、どのようにして生まれているのだろう。気づけばすっかりファンになっていた私は、思い切ってご本人に会いに行くことにしました。

【ここは〈わたしの会社〉です】その1:遠藤綾さんのポストカード。
アトリエの机。たくさんのさまざまな画材とノート、歌詞カード。細々としたキャラクターのグッズ。これらを詰めたリュックと鞄を両手に持って、事業所にやってくる。好きなものに囲まれた環境を整えてから作業に入り、終わったら全部きれいにしまう。
【ここは〈わたしの会社〉です】その1:遠藤綾さんのポストカード。
2019年から制作を開始し未だ完成していない、大判の画用紙の作品。緻密に描かれたモチーフは、なんだろう……。よく見るとスーパー戦隊ヒーローの顔のようにも見える。一つひとつ違うだけでなく、その中での色の組み合わせまで違っていることに驚く。
【ここは〈わたしの会社〉です】その1:遠藤綾さんのポストカード。
遠藤綾さん。アトリエの作業スペースの一角で、黙々と手を動かしている。創作は絵だけに留まらず、5年ほど前から刺繍にも夢中だそう。集中して作業するため、2時間ほど経過すると仮眠を取ることもある。

〈わたしの会社〉は鳥居ヶ丘公園のすぐ近く、のんびりとした気持ちの良い場所にありました。ここは、障がいを持つ人たちが創作活動を行ったり、一人の社会人として地域の役割を持って活躍したりする場を提供している事業所です。一人ひとりに “わたしの会社”と思える場所を提供したいということで、多くの人たちの手によって生まれた場所でもあります。敷地内には利用者のみなさんが制作した作品を販売するショップやカフェ、パン屋があり、だれでも利用することができます。

遠藤綾さんという人は、繊細かつ凛とした雰囲気が印象的でした。布を張った刺繍枠にぴったりとくっ付いてしまうほど顔を近づけながら、針を刺しては糸を引っ張るといった動きを繰り返しています。絵はもちろん刺繍のほか、歌や踊りも得意だそうで、綾さんのことをよく知る人たちは「何に対してもリズム感を持っている」「表現力豊かなマルチプレイヤー」などといいます。

【ここは〈わたしの会社〉です】その1:遠藤綾さんのポストカード。
まるで花が咲いたような、円の連なりから生まれるデザイン。平面から立体まで作品は幅広いが、さまざまな色を用いて描かれる絵と刺繍作品には通じる部分がある。
【ここは〈わたしの会社〉です】その1:遠藤綾さんのポストカード。
一心不乱に作業をしている綾さんと、その様子を見守る担当生活支援員の上遠野(かどおの)莉奈さん。その距離感と時間にふれ、生き生きした作品が生まれるひとつの答えを教えてもらったような気がした。
【ここは〈わたしの会社〉です】その1:遠藤綾さんのポストカード。
シャツに刺繍をほどこした作品も見せてもらった。綾さんの作品について、とても嬉しそうに話してくれる上遠野さん。利用者さんとのチームワークと支援員さん同士の連携によって、素敵な作品たちが生み出されている。
【ここは〈わたしの会社〉です】その1:遠藤綾さんのポストカード。
利用者さんの作品はきちんとファイリングされ、記録とともに保管されていた。一人だけでもなかなかの量がある。簡単にできることではない。支援員の方々の細やかな気配りの賜物であるとともに、一人ひとりの個性をいかに大切にしているかが伝わってくる。
【ここは〈わたしの会社〉です】その1:遠藤綾さんのポストカード。
遠藤綾さんによるポストカードの原画。文字を意図的にレイアウトしたりはせず、原画をそのまま採用している。
【ここは〈わたしの会社〉です】その1:遠藤綾さんのポストカード。
ボールペンで先にアウトラインを書いてから色をのせていく綾さん独自の手書き文字を、〈わたしの会社〉のみなさんは“綾文字”と呼んでいた。

ポストカードの原画を見せてもらうと、ジブリ作品のタイトルを中心に、ところどころにセーラームーン、名探偵コナン、ちびまる子ちゃんといったアニメのタイトルが、特徴的な文字でびっしりと書かれています。効果的にデザインされたタイトルの集合体に、手書きフォントの秀逸さと日本語の美しさを感じました。何よりもインパクトがあったのは、静かに伝わってくる熱量のようなもの。

綾さんの作品を目の前にすると、頭で考えて整理されたものとは違う、まとまらない感情や言葉が不思議と自然に湧き出てきます。なんでも言葉で説明したり伝えたりすることが多い私にとっては、どこか心地良い感覚がありました。どこを切り取っても、作品の端々に“わたし”が宿っていて、創作活動自体が生きる力になっているのだと感じます。

ご本人とお会いできたこともあり、「綾さんという存在自体がそうであるように、人の心をひらかせる何かがあるんだと思います」という施設長の遠藤暁子さんの言葉に大いに納得。利用者さんにとって、「つくる」という営みがどのようなものであるかという問いに対しては、次のように話してくれました。

「つくることは、その人にとっての大切な表現だと思っています。言葉で伝えるのが難しいときには、その人なりのコミュニケーションだったり、自分の中にあるものをアウトプットするための手段だったり。アートや創作活動というのは、その人がその人らしくいられるためのものであると同時に、社会に合わせるんじゃなくて、ここにいる方たちに合わせてもらうためのツールでもあると思っています。作品を展示したり販売したりしているのは、私たちしか知らないのはもったいないし、独り占めしちゃいけないなっていう思いもあるんですよ。みなさんや作品に出会ってほしいし、こうやってつながれるのってすごくうれしいことじゃないですか」

ものから人へ、人からものへ。ポストカードの衝撃があったからこそ出会えた遠藤綾さんというアーティストと、わたしの会社という場所。ここにくると、施設長の遠藤さんの“自分たちだけが独り占めしちゃいけない”という気持ちがよく分かります。

テレビ番組の「金曜ロードショー」をいつも楽しみにしているという話を聞いてから、ジブリ作品を放送していると綾さんのことが頭に浮かぶようになりました。次はどんな表現に出会えるのか楽しみです。どうかマイペースに、綾さんが心地良いと感じるリズムで。私自身もそうありたいと思っています。

【ここは〈わたしの会社〉です】その1:遠藤綾さんのポストカード。
アーティストとしての綾さんの仕事は、こんな形も存在していた。以前、わたしの会社で販売しているパンの紙袋に綾さんが書いたものを見たブックデザイナーの方から、書籍『そっちやない、こっちや 映画監督・柳澤壽男の世界』(新宿書房)の題字を書いてほしいとの依頼があったという。こちらは“綾文字”を一文字ずつ拾ってレイアウトしたもの。
【ここは〈わたしの会社〉です】その1:遠藤綾さんのポストカード。
右は「火垂るの墓」のポスターを見ながら、左は〈ももいろクローバーZ〉による「セーラームーン」主題歌、CDジャケットの歌詞カードを見ながら描いたもの(いずれも2023年作)。色使いのコントラストと質感、レイアウトのバランスが美しい。右の作品は、夜の空に目を凝らしてみると、何かが浮かび上がって見える。

 

DATA
社会福祉法人ほのぼの会 わたしの会社
山形県山形市鳥居ヶ丘26-27
023-633-2202
http://watashi-no-kaisha.net/

 

写真:三浦晴子
文:井上春香