Uターン次女の就農日記(5)/私の仕事道具
連載
2023年4月。山形にUターンした。山形に戻るのは、高校卒業以来。
Uターンするまでは、大学卒業から6年間、公務員として働いてきた。29歳のアラサーにして、脱・公務員からの就農。退職前、周囲からかけられた声の中で多かったのは「頑張ってね」という応援と、「辞めるなんてもったいない!早まるな!」という声。後者は、主に身内や親戚から(笑)。どちらの声もありがたく頂戴して、約10年ぶりに山形に戻ってきた。
冬になり、さくらんぼやりんごなどの剪定作業が始まった。剪定とは、不要な枝を切り落とし、美味しい果実がなるように樹体を整えることである。樹の形を美しく整えるのが目的ではなく、良い果実をたくさん取ったり、収穫までの作業効率を良くしたりするために行う。
剪定をせずに枝を伸び放題にすると、日当たりが悪くなったり、必要な枝に十分な養分が回らず果実が美味しく育たなくなる。風通しをよくすることで病害虫の防止にもなる。剪定は果樹農家にとって一番大事な作業とも言え、良い果実がなるかどうかは剪定によって半分以上決まるとよく言われている。
農家1年目の冬。父から剪定ばさみとノコギリをもらった。主にこの二つを駆使して、1本ずつ枝を切っていく。これまでも農業用のハサミは持っていたが、剪定ばさみは刃が片方にしか付いておらず、もう片方を台のように使うことで太い枝でも切れる仕組みとなっている。形が少し違うだけで何だかちょっと格好いい。
今では電動のものもあったりと、ハサミひとつでもこだわればたくさんあるのだろうけど、私の剪定ばさみは父が農協のセールで5千円引きで調達したものだ。それでも元値は2万円以上する。初心者には十分すぎるくらいだ。
私専用の仕事道具を抱えて、いざ畑に向かった。枝が伸びに伸びている我が農園。新しい道具の使い方を練習するには、もってこいの環境だ。
剪定の方法は本当に多種多様で、ただ一つの正解というものがない。だから〇〇式とか、〇〇流派といった感じで、たくさんの方法が生み出されている。どの枝を切ったら良いか全く分からない私は、とりあえず父の指示を仰ぎながら枝を切っていく。我が家も、いわば父の我流の剪定となっている。
父「はい、それとそれを切って、その枝先を切って」
指示を受けてハサミで枝を切ろうとするものの、枝が太くて力が入らず全く切れなかった。あえなく両手でハサミの柄を握って、何とか切ったりしていた。それでも、なかなか切れずにいると、見かねた父が軽々と枝を切っていった。
ノコギリも同様だった。刃を何度ギコギコと動かしても、寸分とも刃が進まず、腕の力だけが虚しくなくなっていった。刃を入れる角度や位置などを父から教えてもらうが、聞いて理解するのと実践するのとでは全く違う。なかなかうまくいかず、作業が終わるたびに利き手の腕が重くなった。
土の上には雪が被っていて、時折雪がチラチラと降るなか作業を行なっていく。足先から手先、顔もかじかむ中、無心になって枝を切っていく。少しずつうまく切れる枝が増えてくるとコツを掴めたような気がして嬉しくなる。サクっ、スパンっと切れた時は爽快だ。
思えば農家になる前、公務員だった時も、最初は固定電話やPHSの使い方が分からなかったり、コピー機で資料をうまく印刷できなかったり、エクセルの計算式が使いこなせなくて頭を抱えたり。仕事道具ひとつにしても、いっぱい失敗して、色んな人に聞いて、試行錯誤を繰り返したことを思い出した。
今は、もっぱら剪定ばさみとノコギリを扱う日々。道具は変われど、やっていることは変わらないのかもしれない。いつか、新品の道具がだんだん手に馴染んで使いこなせる日が来ることを願って、今日も畑に向かう。