【福島県・郡山市】地域との関係をゆるやかに紡ぐ江戸時代から受け継がれる伝統的工芸品「海老根伝統手漉和紙」
インタビュー
福島県郡山市の東側にある中田町海老根地区。人口減少が続くこの地区に、江戸時代から受け継がれる伝統的工芸品「海老根伝統手漉和紙」を後世に残していくため奮闘しながら、地域と人、人と人の関係をゆるやかに紡ぐ人たちがいました。
一度は途絶えた紙漉きの伝統を繋ぐ人たち
「海老根伝統手漉和紙」のはじまりは、遡ること江戸時代、明歴4(1658)年のことといわれています。
和紙の原料となる樹木・楮(こうぞ)が阿武隈山系に豊富にあったことや、きれいな湧水に恵まれていたことで、この地でも和紙づくりが農家の冬の副業として盛んに行われるようになったようです。
昭和に入ってからも、障子紙や唐傘紙として紙漉きが行われていましたが、パルプ紙などの登場により需要が徐々に減少。冬場のつらい仕事だったこともあり後継者が育たず、昭和63(1988)年に最後の一軒が廃業。長く続いた紙漉きの伝統が途絶えてしまったのです。
しかし、それから10年後の平成10(1998)年、後の海老根伝統手漉和紙保存会初代会長 熊田 正男さんや中田公民館海老根分館長(当時)の熊田 英重さんの「紙漉きの技術を知っている者がいなくなる前に、後世に残したい」という熱い想いに呼応した紙漉きの経験者や和紙の販売を担当していた方など20名が集い、「海老根伝統手漉和紙保存会」が結成され、この地区の伝統が復活を果たしたのです。
そして、さらに20年以上が過ぎた今、保存会の活動をサポートしながら、地域と人、人と人の関係をゆるやかに紡ぐ人たちがいます。
今回、お話を伺ったのは、そんな保存会の活動をサポートしている佐久間 緑さんと根本 京子さんです。
お二人がなぜ、保存会の活動に携わるようになったのか。これからの展望も含めてお話を伺いました。
地域に関わるきっかけをくれる人!
取材日当日はとても穏やかな天候で、柔らかい陽の光が差し込み明るい雰囲気の工房では、紙を漉く”ちゃぷん、ちゃぷん”という心地よい音が流れていました。
根本さんは、活動に携わる前から海老根伝統手漉和紙の活動に興味があったようですが、休日でも仕事が入ることが多く中田公民館が主催している和紙の講座に参加することができなかったそうです。
講座以外の機会にお手伝いしてもよいものかどうか悩んでいた時に、関わるきっかけをくれたのが佐久間さんだったようです。
根本さん:地域性が強い地区だと外の人が関わりにくい雰囲気があったりするので、保存会に関わって良いのかどうか悩んでいたのですが、公民館で和紙の講座を担当していた佐久間さんが、仕事の枠を越えて保存会のお手伝いをしているのをみて、「手伝っていいんだっ!」と思って、私も活動に参加するようになりました。
佐久間さんも、今では中田公民館の職員として、海老根伝統手漉和紙の講座を企画運営を行っていますが、担当者になる前から、興味があり、講座に参加されていたそうです。
-佐久間さんが海老根伝統手漉和紙に出会ったきっかけは何だったのでしょうか?
佐久間さん:海老根伝統手漉和紙と出会ったのは、平成14(2002)年のこと。今では毎年9月に開催されている、海老根地区の田園を和紙で作った灯ろうで照らす「秋蛍」というイベントがあって、その初回に友だちに誘われて参加したことがきっかけで海老根伝統手漉和紙に出会ったんです。
-なぜ、保存会の活動をサポートするようになったのでしょうか?
佐久間さん:元々、デザインの仕事をしていた経験があって、パッケージのデザインをしたり、お酒のラベルを作ったりしていたんです。だから、素材の選択肢でもある「和紙」への興味が根底にはあったからだと振り返ればそう思いますね。
海老根伝統手漉和紙に出会ってから、中田公民館主催の和紙講座に参加し、そこでのご縁があって中田公民館の職員として仕事をするようになりました。職員になって来年で10年になります。
公民館では和紙講座の担当をし、仕事以外でも保存会の皆さんの活動のサポートをするようになりました。
今では、保存会の熊田さち子さんの他、私と根本さんの3人が和紙の漉き方を教えることができるのですが、私が関わらせていただくようになった頃は、さち子さんの義理のお父さんである熊田七郎さんが、保存会の中で唯一和紙の漉き方を教えることができる方でした。
七郎さんに和紙の漉き方を教えていただく中で、この技術を絶やしたくないという想いが私も強くなったのを今でも覚えています。
永遠の3年目、生業だった頃の和紙を目指して
-保存会の活動に携わる魅力は何でしょうか?
根本さん:一人、二人と仲間が増えて、集って作業をしながら、食事をしながら、可笑しなことを言って笑い合いながら、打ち解けていけることが“楽しい”と思えることですね。ここに来ると楽しいよねって感じてもらえることは、受け入れる側になった今、とても大切にしていることです。
たいていの地域活動の場合、外から来てくれた人たちには気を遣ってしまいます。 地元の人と同じように、「これをやってほしい」「あれをやってほしい」って気軽に言える関係性が良いのでしょうけど、やっぱりお客さま扱いをしてしまいますよね。
それに比べて、海老根伝統手漉和紙の活動の場合は、サポーターとして関わってくれる方々をお客様ではなく、一緒にこの活動や地域を盛り上げる仲間として見てくれるのが嬉しいですね。
そして、活動が現状維持するのではなく、面白い変化が起き始めていて、人が集ってくると、和紙のことだけではなく、筍を採ろうとか、竹からメンマを作ろうとか。「人のこと焚きつけておいて」何て言われることもありますけどね(笑)。
佐久間さん:毎年、地元の小学生や中学生が卒業証書用の和紙を自分で漉く文化があるのですが、子どもたちと触れ合えるのはとても楽しいです。
また、活動に携わるようになってから気付いたのですが、自分自身、ものづくりがとても好きなんだなぁと。何もないところから何かをつくるとういう経験や伝統の技術の基本の基本から学べる機会があるのもとても貴重ですよね。
当時まだ生業として海老根地区で和紙漉きが行われていた頃の和紙が今でも残っているのですが、私が今漉いている和紙に比べると、繊維のきめ細かさや滑らかさなどが全く違くてとても綺麗なんです。
今は、そこを目指して、もっと、もっとって技術を突き詰めているけれど、完璧じゃないところもまた面白いんですよね。いつまでもベテランではない”永遠の3年目”という気持ちでやっています(笑)。
和紙本来の魅力で言えば、手漉きなので一枚一枚、繊維の模様の出方なども違いますし、そもそもどうやって和紙ができているのかという興味もが湧きますからね。
“楽しさ”こそが伝統を繋ぐ
結成当初20名いた保存会のメンバーも、現在は6名に。高齢化も進んできていますが、佐久間さんや根本さんを筆頭に海老根地区以外から和紙づくりに興味を持つメンバー約20名が、サポーターとして活動に関わってくれるようになりました。
この現状を踏まえ、保存会の現会長である宗像 康さんにもお話を伺いました。
-保存会の皆さんにとって、サポーターの皆さんはどのような存在ですか?
宗像さん:和紙づくりにはたくさんの工程があるので、サポーターの皆さんに関わっていただけるのは、とても心強いです。また、これからの時代、地域の伝統や文化を守るためには、こうやって応援してくれる方々の存在がとても大切になると思います。
-サポーターの皆さんを惹きつける和紙づくりの魅力はどこにあると考えていますか?
宗像さん:楮の木を育てるところから和紙が完成するまで、昔ながらの伝統的な和紙づくりの技術に一貫してこだわって、“てまひま”をかけて、しっかりと受け継いでいることに興味を持ってくれているのかなと考えています。
その他にはやっぱり人との繋がりと、食べ物でしょうか(笑)
今日はひな祭りなので、ちらし寿司など野菜たっぷりの料理をサポーターである根本さんたちが作ってくれています。
大変な作業だけではなく、こういった地元の食を味わいながら、お話をして地域の人と繋がれるという楽しみがあるからこそ、人が集って来てくれるのかもしれませんね。
-最後に改めてサポーターのお二人にお聞きします。今後、海老根伝統手漉和紙を取り巻く環境がどのようになっていったら良いなと思いますか?
根本さん:新しい仲間を受け入れるのは誰かと考えると、やっぱり私たち(佐久間さんと根本さん)なんです。そして、この様に皆で集まれば、自分たちも楽しいですしね。
あくまでも、海老根伝統手漉和紙の文化を現メンバーやサポーターが引き継ぐという形ではなく、興味がある人がいたら、 その方に繋げていく、私たちはその繋ぎ役だと考えています。
海老根地区の人たちの中から後継者が生まれることが理想ですね。佐久間さんも仰っていましたが、保存会が発足した当初から地元の小学校や中学校の子どもたちが、自分の卒業証書に使う和紙を自分で漉くということを行っているので、その子どもたちの中から活動に加わってくれる方が出てくるととても嬉しいですね。
私自身いつまで活動できるのか分からない不安はありますが、和紙漉きの文化を受け継いでくれる方が現れるまで伝統を繋ぐお手伝いができればと考えています。
佐久間さん:自分たちも歳をとっていくし、子どもも減って学校も少なくなって、小学校や中学校での紙漉き体験ができなくなってしまうと、和紙に触れる場面も少なくなってしまいます。
だからといって、決して「やらなければならない」というような義務感でサポートしたいわけではないです。ほそぼそでも、海老根地区を代表する美しい紙を漉く文化を残して繫げていきたいです。
広げていくというよりは、絶やさないことを一番に考え、持続させる方法を模索しています。
お花見やお食事会とか、ワイワイしながらイベントのように、ただの労働ではなく、草刈りさえも楽しめたり、農作業をみんなで楽しくやっている感覚のように、とにかく楽しみながら活動していきたいですね。
“手伝ってください”ではなく“一緒にやろう”
私は公務員として「地域の関係人口を生み出す」ための仕事をしていて、そもそも関係人口ってなに?という疑問が今回の取材のきっかけでした。
総務省が公開している関係人口ポータルサイトでは、『「関係人口」とは、移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域と多様に関わる人々を指す言葉です』と紹介されています。分かりそうで分からない、捉え方も多様なのが「関係人口」です。
そこで私は、自分自身が「関係人口」になってみたり、地域に目を向けて観察してみたり、「関係人口」を知るための活動を始めました。
その活動の中で出会ったのが、地域と人、人と人をゆるやかに繋いでいる「海老根伝統手漉和紙」の取り組みだったんです。
今回、取材を通して、中田町海老根地区には和紙を漉くという伝統を通じて出会った人たちが創り出す温かい雰囲気を感じることができました。
地域に関わってみたいけど、関わり方が分からない人や、関わってもらいたいけど、なかなか関わってもらえないと悩んでいる人たちにとって、とても良い参考になるのではないでしょうか。
中田町海老根地区には“手伝ってください”ではなく“一緒にやろう”という雰囲気が溢れています。