ふらっと、若狭路の旅へ。【食編】〜金沢から北陸新幹線でゆく福井〜
地域の情報
「若狭路(わかさじ)」とは、若狭湾に面した福井県嶺南地域(敦賀市、美浜町、若狭町、小浜市、おおい町、高浜町)を指します。2024年3月に北陸新幹線が延伸し、金沢から終着駅の敦賀までは1時間弱で行けるように。グッと身近な存在になった敦賀ですが、その先の地域にはあまり訪れる機会がないのが正直なところ。
今回、嶺南6市町をめぐる「若狭路の旅と食を楽しむ魅力的なツアー」に、縁あって参加することに。金沢からふらりと行ける若狭路の食と文化に心を弾ませ、小旅行へ出かけました。
御食国(みけつくに)若狭
古代、朝廷に塩や海の幸を献上する「御食国(みけつくに)」のひとつとして栄えた若狭地方。後の時代には北前船の寄港地や、京の都に魚介類を運ぶ鯖街道の起点として、その豊かな自然の恵みは「若狭もの」と呼ばれてきたといいます。
今回のツアーには、福井郷土料理研究家/フードディレクターの佐々木京美さんも同行。道中、福井の食文化についてご紹介いただく中で印象的だった、「福井の人は、日々の暮らしの中で食のおいしさを追求する」という一言。食に対する探究心は、御食国というルーツがあるからなのかもしれません。
そんな御食国若狭で出会った食を一挙にご紹介。
「孤独“な”グルメ」ではなく、「孤独“の”グルメ」
そして、今回のツアーの目玉とも言えるのが、「孤独のグルメ」原作者である久住昌之さんによる特別講演。タイトルは「久住昌之のふらっと若狭 ちょっとdeep」。若狭にはこの3年でも5回ほど訪れているという久住さん。これまで出会ったグルメや、入るには勇気がいるであろう“ちょっとdeep”なお店もテンポのよい語り口で紹介。
「『孤独“な”グルメ』だとさみしく感じられてしまうが、ひとりで楽しむ、ひとりだからこそ楽しめるから『孤独“の”グルメ』なのだ」という、作品タイトルにまつわるお話も。終始笑いの絶えない講演でした。
そしてなんと、ツアー参加者のために特別にバスに同乗いただき、宿までの道中お話しをしてくださることに。講演だけでもお腹いっぱいでしたが、思いがけないおかわりをいただくことができました。全国津々浦々、たくさん歩き、光るグルメと出会ってきた久住さん。食に対する熱い想いを語ってくださる中で、「その土地の人がいつも食べているものが食べたい。それは飽きないということだから」という一言が。今回のツアーでも、まさにこの言葉通りの素敵な出会いがありました。
毎日食べても飽きない、「日の出屋」の「へしこ」
へしことは、サバなどの魚を塩漬けにし、さらにぬか漬けにして熟成させた発酵食品。金沢では「こんか」と呼ばれることもあります。若狭の各家庭でも、昔から冬場の貴重なタンパク源、保存食として作られてきました。
今回は美浜町の漁師町、日向(ひるが)にある「日向へしこ蔵 日の出屋」でへしこ料理をいただくことに。発酵食品ソムリエ/へしこ料理研究家で、美浜町のゆるキャラ「へしこちゃん」の生みの親でもある伊達美鈴さんにもご案内いただきました。
店主の加藤さんは、かつては民宿を営みながらへしこを漬けていたそうです。現在は解散していますが、20年ほど前に「女将の会」を結成し、へしこを美浜町の名物として広めてきました。「5年でやめたら人に笑われる。女将4人で『覚悟決めような』と話し合って始めた」というお話が心に刺さりました。
脂がたっぷりとのったサバを、代々受け継がれてきた秘伝の味付けでひとつひとつ丁寧に漬け込んで作る「日の出屋」のへしこ。
おいしい調味料で作ると、自然においしいへしこができる。漬ける期間は気候と相談しながら考える。もともと舟小屋だった蔵には風が入り、温度調節も自然がしてくれる。発酵が進むと“発酵の音”がして、完成が近づくとおいしい匂いが漂ってくる…。へしこ作りについて語る加藤さんからは、へしこへの強い愛情を感じました。
ちなみに、加藤さんはへしこを毎日食べているんだとか。添加物は入れず、調味料もぬかも良いものだけを使って仕込む。そうすることで毎日食べても飽きないへしこになるのだそう。
日向湖を一望できる2階のお部屋で、へしこづくしのランチをいただきました。
お粥は毎日食べたいおいしさでした。へしこのうまみだけでもご飯が進みますが、ゆずがアクセントになっていて爽やか!夏バテや風邪をひいたときでもペロッと食べられそうです。
生でよし、焼いてよし、炙ってもよし、お茶漬けでもよし…そして和洋も問わないという、へしこの無限の可能性。圧倒されました。そしてお土産に購入したへしこを見てびっくり。なんとサバが丸ごと一本!
良い材料で丁寧に作る。当たり前のように積み重ねられてきたその行動が、毎日食べても飽きない、「日の出屋」にしかないへしこを生み出しているのだと感じました。
へしこのおいしさはもちろんのこと、加藤さんのあたたかなお人柄もあり、また食べたい、そして、また会いたい。そう思える場所でした。
命をつないだ、忘れられないへしこの味
最後に、ツアーにご夫婦で参加されていた敦賀在住の91歳の男性から聞いた、へしこにまつわるエピソードをご紹介。それは、小学校5年生のとき、空襲で家を焼け出され食料を探していたところ、ちょうど食べごろに焼けたへしこが出てきた、というもの。ちょっぴりユーモラスなお話ではありますが、「あの味は忘れられん」と、噛み締めるように語る姿が印象に残っています。
へしこは、一朝一夕では完成しないもの。当たり前に漬けていたへしこかもしれないけれど、それが家族の命をつないだ、という貴重なエピソードに胸がいっぱいになりました。
「こういうの」でいい、「こういうの」がいい
「こういうのでいいんだよ、こういうので」は「孤独のグルメ」の名台詞のひとつ。福井の人が日々の暮らしの中で追求してきたおいしさは、まさに「こういうの」に当てはまるのではないでしょうか。
暮らしの中の、当たり前かもしれない食。その一食一食においしさを追求することが、飽きのこない、永く愛される味を生み出し、豊さにつながっていると感じました。
日々の暮らしの中、食のおいしさの追求はつづく。