山形納豆物語 第九話
連載
山形の人は、納豆が好きだ。
愛知へ嫁にきて20年、山形を離れて初めて気づいたことだった。
まずはスーパーの納豆コーナーをみてほしい。その広さ、中小メーカーがひしめく多様なラインナップ。みんなお気に入りの納豆で、納豆もちを食べ、ひっぱりうどんをすすっているに違いない。そんな山形の、納豆にまつわる思い出や家族のことをつづっていきたい。
第九回目は、「母から届く荷物」について。
山形の母は、年に数回荷物を送ってくれる。段ボールをあけると、実家のにおいがぷーんとして、一気に懐かしい。中には、手作りの食べ物がみっちり詰まっている。
昨年届いた冬の荷物には、YouTubeでみた簡単レシピのお菓子たち、唐揚げ、ポテトサラダ、煮物などのお惣菜、そして漬物が入っていた。山形の冬の定番漬物である青菜(せいさい)漬けにおみ漬け、たくあん漬けは、毎年欠かさず送ってくれる。海苔や油、そうめん等、明らかに「ただ家にあった」ものも隙間にぎゅっと押し込まれており、一ミリのスペースも無駄にせず娘に届けるという母の心意気をひしひしと感じる。
私の予想をはるかに上回る量の食べ物たちに、毎度「やりすぎだって…」と思わず笑ってしまう。母は、いつだって何でもたくさんなのだ。中学校の時のお弁当を、三段の重箱で作ってくれたこともあった。立派で、あまりに恥ずかしくて、猫背になって隠しながら食べた記憶がある。大きくて全く隠れなかったけれど。そんな母からの荷物を掘り起こしながら「詰めるのに何日かかったのよ」「むっちゃ大変だったろうに」とつぶやきつつ、私はこうやって育ててきてもらったんだよねと胸がいっぱいになる。
箱から出された山盛りの食べ物を目の前に、ほぉ~っと一息ついてから、ありがとうの電話をする。母は、荷物が無事手渡されたことに満足しながら、自分の手作り品について次々とコメントをする。
「おみ漬け、上手にできたと思うわ。納豆に混ぜて食べても美味しいからね」
「あ、青菜漬け。ちょっとしょっぱいかもしれない。少し水につけて汁気を絞ればいいからね。刻んで納豆に混ぜると止まらないよ」
「たくあんは、お父さんが漬けてくれたの。パリパリで美味しいんだわ。細かく刻んで納豆に混ぜても美味しいよ」
そして、ここ数年は決まって「もう年とって、なかなかできなくなっちゃったわ」という。
電話を切ってから「私は自分の子ども達にこんなことできるかな?」と改めて母に感服する。そして、ふと気づく。「お母さん、全部納豆に混ぜるアドバイスだったな…」さすが一度に納豆を3パック食べる母。年をとっても納豆を愛する心は変わらない。
今年ももうすぐ荷物が届く頃だが、その前にちょっとした出来事があった。父と母が借りていた畑を年内で急に返すことになったのだ。母は、YouTubeから野菜や土づくり等の情報を仕入れては、せっせと実践し、楽しんでいた。送ってくれる漬物は、全て畑からとれたもので作られていた。今年は肥料を一切やらずに、山からたくさんの落ち葉を運んで畑に入れるという新たな実験もこつこつと試みていた。「あんなに落ち葉を運ばなくてもよかったわ」と苦笑いをする声に、何とも言えない気持ちになる。
「違うところを借りてやってよ」と言うと「別に、青菜も大根も買ってきて、来年も漬けてあげるから」何も気にすることはないと、さばさば話す。うん、そうだよ、わかってる。だけど、と思う。今日はたくさん草をむしった、川から水を汲んで大変だった、そんな母の毎日がたっぷり詰まった野菜、それで作った漬物は、やっぱり格別だったんだ。当たり前がなくなろうとして、しんみりと感じる。「もう年だから、まぁいいんだよ」という母に、何もできないくせに勝手に寂しくなってしまった。