【鹿児島・甑島】誰かが帰ってこれる場所に。それが甑島で生きる私だからできること。/ 東シナ海の小さな島ブランド社 山下麻由さん
鹿児島の離島・甑島(こしきしま)にある『東シナ海の小さな島ブランド社』は、地域固有の生活文化や環境を活かすことをサービス原点とし、ひとものことを創造する離島地域のリーディングカンパニーを目指しています。今回、そこを舞台にはたらく社員に対し「島で生きる」をテーマにインタビューを行いました。最後は、飲食事業部の山下麻由さんです。
何気ないモノで誰かに喜んでもらえる原体験
甑島で生まれ育ち、中学校卒業を機に高校進学のため本土で暮らすことになった麻由さん。短大を経て県内の民間企業へ就職し、営業職として勤務することになります。その中で湧いてきたのは仕事に対する違和感でした。
“私が勧めている商品は本当にお客様が求めているものなのかな?”
“この仕事は違う誰かでもいいのではないか?とは言っても、これから先やりたい仕事があるわけでもないし…。”
6年間勤務した企業を退職し、そのまま甑島へ。次のステップへ向け模索していたある時、島内で大きな出会いがあったと言います。それはKOSHIKI ART PROJECT(※)でした。
「出会う前から風の噂で島の同世代メンバーがアートを軸にした取り組みをしていると耳にしていたのでずっと気になっていました。改めて関連記事を読んでみると感銘を受けたんです。私はふわふわしている状態なので、この人たちは島のことをこんなに考えて動いているんだって。そこから私も関わってみたいと思うようになり、勇気を振り絞って事務局に問い合わせてみました。」
あれよあれよと話が進み、島内の空き家を活用し「縁側カフェ」を担当することになるのです。
(※)2004年、最後の里村を記憶に残す。島内の空き家、空き地、空き倉庫、廃校や田畑などを舞台に、甑島のあちこちがアートに包まれる期間限定のイベント。甑島出身の若者らがを中心に企画・運営され、2013年の第10回目の開催を節目に閉幕した。今年、11年ぶりに1ヶ月限定で開催された。
打ち合わせで会場となる空き家へ向かうと、縁側の雰囲気に心踊ったのだとか。飲食経験もない。接客経験もない。何もかもが初めての中で気づいたのは島の良さだったそうです。
「イベントで島に足を運んだ人たちがカフェで嬉しそうに感想を話してくれて“私はみんなが感動してくれる場所で生まれ育ったんだ”と初めて実感しました。」
そして、イベントに関わって2年目。その時は自身で焼いたパンをカフェで提供することにチャレンジしたといいます。パンを買いに来たあるお客さんとのエピソードを教えてくれました。
「期間中、毎日パンを買いに来てくれたおばあちゃんから嬉しい言葉をもらったんです。“もうあなたが作ったパンのファンになったわ”“イベントが終わったらどこで買えるの?”って。自分で作ったもので、そんなふうに褒めてもらえたのは初めての経験でした。」
「いつかはパン屋さんになりたい。でも、まだそんなレベルじゃないしな…。一瞬、夢を描きつつも、自信の無さもあり心の中で留まるに終わりました。でも、それが今の私にとっての原体験になります。」
甑島だから、私だから、できること
今から12年前の2012年。『東シナ海の小さな島ブランド社』(以下:アイランドカンパニー)が創業され、麻由さんもメンバーとして関わっていくことになります。代表の山下賢太氏とはKOSHIKI ART PROJECTきっかけに交友が始まり、山下氏が育てたお米の稲刈りを手伝うようになってから関わりが増えていったそうです。
「ケンタさんの稲刈りを手伝って、そこで獲れたお米が最高に美味しかったんです。その翌日には“来年は田植えからしたい!”と本人に直接伝えました。次第にケンタさんの取り組みに興味を抱くようになり、私も私なりにできることで島のために何かしたい。そう思うようになりました。」
「他の同世代メンバーたちもそれぞれ夢があり、着々とカタチにしていく姿を見て焦りもありました。“何か目標や夢がないと島にいてはいけないのかな”って思うこともあって…。やりたいことが何一つなかったけど、それでもケンタさんがこれから興すことに関わりたいと思い、創業から関わることになったんです。」
創業後、2013年には山下商店をオープン。豆腐製造や加工品などの販売、ツアー客へのメニュー提供など試行錯誤の日々を送ります。
「“甑島だからこそ出せるメニュー” “お豆腐屋だからできること”を意識し、近海で獲れたお刺身を盛ったり、地域の人が育てた野菜を材料に使ったりと素材の良さをシンプルに引き出せるようにしました。」
そのほかにも席の配置や声かけ・サーブのタイミングなど、その時々の空気を読みながら対応していったのだとか。
「色々とチャレンジできる機会があるのはありがたい反面、どうしても自信の無さが出てしまう場面もありました。当時は社員も少なく、環境も整っていなかったので、常に頭を働かせて創意工夫していました。そんな状況で経験を積んできたからこそ、今の私があると思っています。」
やりたいことに挑戦する背中を島の子どもたちに
コシキテラスのオープン、FUJIYA HOSTELのリニューアル、鹿児島離島文化経済圏の立ち上げなど、自社として事業展開を進めていくアイランドカンパニー。その中で麻由さんも「食」を軸に役割を担い、会社を支えてきました。
そんな中、山下商店甑島本店から徒歩数分のある古民家に心が魅かれたといいます。そこは目の前にアコウの木があり、その先には東シナ海を望む海岸への道が続いていたのです。次第に麻由さんの中でその古民家に対する想いが強くなってきます。
“何だかいい風景だな…。こんな風景を眺めながら毎日過ごしてみたいし、ここでパンを焼いてみたい。”
その時は空き家でまだ使えない状態だったのだとか。そこを山下氏が所有者と話をし、少しずつ片付けを進めてきたといいます。しかし、山下氏には自身の想いを伝えられず、1年が過ぎたそうです。
そして、古民家と出会って1年経った会社研修にて、社員全員の前で「パン屋をやりたい」とプレゼンを行ったのです。反対の声はなく、そこからパン屋のオープンに向けてスタートを切ることになります。
パン屋に挑戦したいと思ったのは風景に魅かれただけでなく、他にも理由がありました。
「島の子どもたちは15歳から高校へ進学するために本土へ行ってしまいます。そんな子たちにやりたいことに挑戦する大人の背中だったり、生きたいように生きる姿を見せたいと思ったんです。“島だから”を理由に何かを諦めてほしくはありません。」
2021年5月末。ついにプレオープンを迎えます。お店の名前は『オソノベーカリー』と名付けられました。店名の由来は人気アニメ映画のキャラクター名からとったことが一つ。そして、もう一つは身近な人の存在があったからだといいます。
「ケンタさんのおばあちゃんがオソさんという名前なんです。島で建設会社を経営している旦那さんをずっと支えてきた人で、誰も気づかないようなことにさりげなく対処して気を配れる姿がいいなと思っていました。島のモノもとても大事にされる人だったので、そんな生き方ができたらと思い、オソノベーカリーにしました。」
誰かが帰ってくる場所としてあり続けることで
オソノベーカリーをオープンしてから3年。試行錯誤を繰り返す中でパン屋という場所を開いて良かったと思えた瞬間について聞きました。
「子どもたちと過ごす時間が増えたのは嬉しいことの一つです。朝、パンを焼いている姿を見せることもできますし、登校時間になれば見送って、学校が終わればお店の中で宿題をして過ごしてもらっています。」
「他にも畑仕事を終えたご近所さんが合間に顔を出してくれたり、甑島のリピーターさんが本土へ戻る前に挨拶に寄ってくれたりと誰かを迎える場所になってきていると実感しています。」
今だにオソノベーカリーでパンを初めて焼いた日のことは忘れられないといいます。
「うまく言語化できないですが、あの日は何とも言えない感情が込み上げてきました。ここは居場所だと感じましたし“ここだから、私だから焼けるようなパンを焼けるようになりたい”と思い、日々勉強中です。」
「KOSHIKI ART PROJECTの際に感じたあの感動が期間限定ではなく、日常で感じれていることはとてもありがたく、尊いと思っています。当時、アーティストとして関わってくれた皆さんからは“息抜きができる場所としてオソノベーカリーがあるのは救いです”と嬉しい声をいただいています。」
今まで自分に自信が持てず、挑戦したいことが見つけられなかった麻由さん。オソノベーカリーの時間を通して、自己肯定感が高まり、以前より自信を持てるようになったといいます。
そんな麻由さんから最後に今後思い描くありたい未来像について聞きました。
「島のパン屋に明かりが灯っていて、そこからパンの香りがあるという日常を島を出た子どもたちがふとした時に思い出して、何か辛い時に心の支えになってほしいなと思っています。」
「オソノベーカリーは誰かにとって帰る場所でありたい。そこは強く思うようになったし、胸をはって伝えられるようになりました。帰る場所といってもそれぞれだと思うんです。たとえば、元気がない時に帰るだったり、何かにチャレンジするためにエネルギーを蓄えに帰るだったり、本当の自分に帰る、かもしれません。」
「“この場所だから”“私だから”できることという視点はずっと変わってきていないことだと思います。自分はどうありたいかをうまく言語化できていないですが、今大切にしている想いを表現し続けて、ここを訪れた人たちが居心地よく過ごして“いってらっしゃい”おかえり“と言える場所であり続けたいです。」
そんなアイランドカンパニーでは一緒にはたらく仲間を募集しています。興味がある方は以下のアイランドカンパニーHP「お問い合わせ」からご連絡ください。
屋号 | 東シナ海の小さな島ブランド社 |
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URL | |
住所 | 鹿児島県薩摩川内市里町里54番地 |
備考 | ●オソノベーカリー SNS https://www.facebook.com/osono259 インスタグラム https://www.instagram.com/osonobakery/ ●KOSHIKI ART PROJECT HP |