山形県天童市・移住者インタビュー/体と心に寄り添う食事「腸美菜」伊藤龍二さん
山形県天童市で、腸活に特化したレストラン「腸美菜(ちょうびさい)」を営む伊藤龍二さん。横浜で培った飲食店での経験を生かし、「体の内側からの健康」をテーマに新たな挑戦を始めました。そのきっかけとなったのは、妻・和希さんが営むエステサロンから得た経験でした。山形の豊かな食材と出会い直し、故郷に新しい価値を根付かせようとする彼の物語を追いました。
「都会では山形の食材に価値があるのに、地元では当たり前すぎて見過ごされている」。その違和感が、伊藤龍二さんを故郷・山形へと導きました。天童市南町で営む「腸美菜」は、”腸にやさしいごはん屋さん”として、山形の豊かな食材を生かした無添加・無化調の料理を提供するお店。素材本来の味を大切にした料理は、体の内側からの健康を求める人々の間で、静かな反響を呼んでいます。
横浜から天童へ。
わずか半年で実現した移住
山形県小国町出身の龍二さんと天童市出身の妻・和希さん。横浜で約8年の生活を送っていた2人が、天童への移住を決めたのは令和3年のこと。2人の子どもの環境を考えたことが、大きな転機となりました。
「上の子が年長、下の子が年少に進級するところでした。これ以降だと、子どもたちにとって環境の変化が大きくなる。そう考えて決断しました」
移住を決めてから実行までわずか半年。「考えすぎると躊躇してしまう。だから思い立ったら行動する」という龍二さんの決断に、当初は和希さんも戸惑いを見せました。「実は妻は移住に積極的ではなかったんです」と龍二さんは笑います。しかし、「子どもたちが巣立つまでは山形で、その後は東京との2拠点生活を」という将来像を描くことで、二人の思いは一つになりました。
新しい価値を生み出す挑戦
移住を決めた理由の一つは、山形の食材との再会でした。「都内で勤めていた飲食店で山形の食材を扱っていた時、『地産”都”消』はできているのに、地元では食材の価値が当たり前になりすぎているように感じました。山形にはこんなにも豊かな食材があるのに、なぜだろう?」その歯がゆさが、移住を決意する後押しになりました。
その思いは、新たな挑戦へとつながります。移住を決めた令和2年の年末から、妻は一足先に天童へ通い、エステサロンの開業準備を進めていました。令和3年5月、腸活専門のエステサロン「Ulu」をオープン。そこでの食事指導を通じて見えてきた課題が、次の新たな構想を生みました。
「妻のサロンは女性専用で、男性やお子さんにはアプローチできないという課題がありました。僕自身、都内でオーガニックレストランの経験もあったので、食事の提供という形で協力できないかと考えたんです」
しかし、無添加・無化調の店を開くことへの不安もありました。「コロナ禍の影響もまだ残る中、材料費も他より高くなる。正直、最初はあまり乗り気ではありませんでした」と龍二さん。それでも和希さんの強い思いに背中を押され、令和6年2月、「腸美菜」をオープン。店舗経営は和希さんがオーナーとして広報を担当し、調理や仕入れなど実務は龍二さんが担っています。
毎朝、契約農家から届く無農薬・減農薬の野菜が核となります。「同じ野菜でも、植える時期がずれるだけで出荷のタイミングが変わる。その日その日で最高の状態の野菜を使うんです」。素材本来の味を引き出すため、ドレッシングやソースは手作り。保存料や化学調味料は一切使いません。
「無添加無化調で料理すると、味にコクを出すのが難しい。でも素材本来の味を生かすことで、体に響く料理ができると信じています。全てのお客様に響くわけではないかもしれませんが、少しでも食への意識が変わるきっかけになれば」
体が喜ぶ料理を届ける
店内には日替わりのデリが並びます。契約農家から届く新鮮な野菜を生かした料理は、その日の朝に仕込まれ、テイクアウトも可能。「お家の食卓でも使っていただけたら」という思いを込めて、お客様にレシピを聞かれたときには惜しみなく紹介しています。
夜の人気メニューは「季節野菜のせいろ蒸し」。素材の栄養を逃がさない調理法で、野菜本来の味わいを引き出します。
「普通の飲食店なら『美味しいから行こう』が基準になりますが、うちに来てくださるお客様は体の不調や食生活の改善がきっかけ。『前回食べてから体の調子がよくなった』という言葉をいただくと、本当に嬉しいですね」
30代後半から50代の女性を中心に、最近はビジネスマンや20代の健康意識が高い層にも広がりを見せています。子連れのファミリーも大歓迎。「オーガニックのお店は子連れだと入りづらいイメージがありますが、それは違うと思うんです。子どもは騒ぐのが仕事。その賑やかさも含めて、気軽に来ていただきたいですね」
食育から始まる未来
8歳と5歳の子どもたちの変化も、龍二さんの喜びとなっています。「子どもたち自身がおやつを選ぶときも『これ、体にいいのかな』と考えるようになって。自分に合わない食材や、食べたあとの体の変化まで理解し始めています。子どもたちの方が、僕より敏感かもしれません」と目を細めます。
食材が育つ現場も大切な学びの場所。休日には子どもたちを西川町の畑に連れて行きます。「素材が作られる過程を知らず、土に触れたことのない料理人が多いと感じています。でも本来は、その理解があってこそ良い料理ができるはず。子どもたちには、食べ物ができるまでの苦労や努力を感じてほしいんです」
天童での暮らし
山形県内でも雪の少ない天童は、置賜出身の龍二さんにとって暮らしやすい土地でした。「昨日、西川の畑に行ったらもう膝上まで雪が積もっていましたよ。それに比べると、天童は過ごしやすい。県内外へのアクセスも良く、仕事がしやすいですね」
子育て環境も充実しています。休日は入場無料の子育て支援センター「げんキッズ」で遊んだり、近所を散歩したり。都会の便利さとは違う、ここならではの子育ての良さを実感しているといいます。
「あえて言えば、若者がもっとまちづくりや政治に関心を持ってほしいですね。天童の良さを知り、もっと積極的にまちに関われる場所になってほしい」と、この地への思いを語ります。
健康な食を広げる
「お金を稼ぐことよりも大切なことがある」と龍二さんは静かに語ります。天童市内には外食チェーン店が立ち並びます。子どもたちが喜ぶ味はそこにありますが、必ずしもそれが体に良い味とは限りません。「一人でも多くの方に、食べることと健康のつながりを考えるきっかけになってほしい」という思いが、日々の料理に込められています。
その想いは、妻・和希さんとも響き合います。エステサロンでは腸からひとりひとりの体をほぐし、レストランでは食事を通じて内側から支える。アプローチは違えども、「体の内側からの健康」という同じ目標に向かって、二人で歩みを進めています。
「いずれは東京との2拠点生活も」。そんな将来像を思い描きながら、今は目の前のお客様との出会いを大切にしています。山形の豊かな食材を生かし、一人ひとりの体調に寄り添う食事を届けること。それが、二人が天童で見つけた自分たちらしい生き方です。
「まず一歩を踏み出してください」と龍二さんは移住を考える人へエールを送ります。「支援制度の違いなど、細かく見ていったらきりがない。それよりも、好きな場所で自分のやりたいことを見つけることが一番大切。考えすぎると、かえって行動できなくなってしまいます」
【店舗情報】
腸美菜(ちょうびさい)
住所:山形県天童市南町3-11-27
電話:023-676-4368
営業時間:11:00〜15:00(L.O.14:30)、17:00〜22:00(L.O.21:30)
定休日:月曜、第2・4日曜、ほか不定休
駐車場:あり
アクセス:JR天童駅から徒歩15分
Instagram:@chobisai_yamagata
写真:渡辺 然(Strobelight)
文:高村陽子(Strobelight)