「ヘンプクリート」って何? サーキュラーエコノミーを実現する新建材/「麻壁らぼ」田島まはるさんインタビュー
皆さん「ヘンプクリート(Hempcrete)」をご存知でしょうか?聞き覚えがあるようなないようなこの言葉、実は「ヘンプ」と「コンクリート」を合わせた造語で、建材や断熱材として活用できる新たな素材の名称です。カーボンネガティブで、サーキュラーエコノミーを実現する建材として、今海外で注目を集めており施工事例も続々と増えています。今回は「都市と循環」のご縁でつながった、日本唯一の「ヘンプクリートビルダー」である田島まはるさんに、ヘンプクリートの可能性について色々と教えていただきました。


──こんにちは田島さん。昨年末の「都市と循環」でもありがとうございました!今回は「ヘンプクリート」についてreallocalでご紹介したく、改めてインタビューさせていただきます。
田島まはるさん(以下:田島):ありがとうございます。こういった形でヘンプクリートについてインタビューを受けるのは、実は今回がはじめてなんですよ。こちらこそよろしくお願いします。

──まずは「ヘンプクリート」を知らない方に向けて、ざっくりと概要をご説明いただけますか?
田島:はい。ヘンプクリートとは、麻の茎の部分である「オガラ」のチップと、石灰をベースにしたバインダーを水で混ぜた素材のことです。日本では耳にしたことがないという人もまだ多いと思いますが、海外では建築材料や建築用断熱材に用いられており、環境性能の高さから今世界中で利用が拡大しています。

カーボンネガティブで、100%土に還る
── 環境性能の高さから注目が集まっているとのことですが、「環境に良い」というそのポイントを教えてください。
田島:まずはカーボンネガティヴな素材であるということです。ヘンプクリート主原料である大麻は植物としても非常に強く、幅広い環境下で育てる事が可能です。植物学の分類上は「草」になりますが、90日で2メートル以上に育つ茎部分は木質になり炭素を固定します。バインダーに含まれる石灰も硬化する際にCO2を吸収するので、ヘンプクリートとして作られた壁は、1㎥当たり約300kgのCO2を吸収(木質部の炭素固定と石灰化に伴うCO2吸収合わせて)することになります。
そして全て天然素材なので、100%土に還るというのも大きなポイントです。これは大量の産業廃棄物を生み出し続けている建築業界にとってはとても重要なことです。

優れた断熱性能、防音性能、防火性能
── では「環境に良い」ということを一旦横に置いて、「いち建材」としてのヘンプクリーをみたとき、どのような特性があるのでしょうか?
田島:特性は色々とあるのですが、まずは「断熱性能」ですね。断熱性能がすごく高いことがまず一番の魅力といえると思います。私たちが北海道で建てた日本初のヘンプクリートサウナではその特性がよく現れていると思います。
加えて「防音性能」も高いんです。よくスタジオなどで使用されている吸音パネルと同等の吸音率があります。

── ヘンプクリートはオガラのチップを主原料としているとのことですが、サウナのような火気のある施設に利用しても問題ないのでしょうか?
田島:石灰を主体としたバインダーと混ぜて作るものなので、燃えないんですよ。つまり防火性能はありますが、残念ながら現時点では日本の防耐火、防炎性能はクリアしていません。植物片を利用しているため、表面を炙った際にある程度発熱してしまうからです。表面に漆喰を塗るなど条件をつければ耐火テストも通すことができると思います。
あと、石灰と混ぜているという点で言うと、防虫効果もあります。自然素材を用いた建材では「ストローベイル」も注目されていますが、そちらは藁なので、虫に食べられてしまうのが難点です。その点ヘンプクリートは虫にも食べられません。

内壁でもあり、外壁でもある。壁の厚み全てが「断熱材」に。
── ちなみに建材としては、実際どのように用いるのでしょうか?
田島:ヘンプクリートという名前なので、コンクリートのように固いものをイメージされる方が多いんですが、コンクリートとは別物で、柱貼りなどの構造体が必ず必要です。
── では、おすすめの使い方を教えてください。
田島:壁ですね。
── 壁。それは内壁という意味でしょうか?
田島:ヘンプクリートは基本的にキャスティング(※)で制作するものなので、そもそも「外壁」と「内壁」の区別がないんですよ。型枠を作って流し込んだら(実際には突き固める作業が必要ですが)仕上がり。そのまま内壁であり、外壁でもあるんです。
普通の壁は、まず柱貼りがあって、柱と柱の間に断熱材を入れて、外側にはベニヤや防水シートを貼って、ガルバニュウムを貼ってー‥。さらに内壁となる部分にはプラスターボードを貼ったりして内装を仕上げますよね。でもヘンプクリートにはそれがないんです。「壁の厚さそのものが断熱材になる」ということです。
(※)キャスティング…型に液状のものを流し込み、固める工法。鋳型を用いる鋳造などで用いられる。

日本の木造住宅にも適した素材
── 先程はサウナの施工事例を教えていただきましたが、ヘンプクリートは「住宅」などにも使えるのでしょうか?
田島:もちろんです。むしろ住環境でこそヘンプクリートの性能が発揮されると思っています。木造住宅との相性はとても良いですし、高温多湿な日本の気候にも適しています。天然素材だけで作られているので、健康にも良い。さらに左官塗りの材料がそのままくっつくので、その場合はラスボードみたいな感覚で使っていただけると思います。

素朴な素材感と地層のような揺らぎある仕上がり
── 個人的に、ヘンプクリートのザラッとしたテクスチャーが好きです。地層のような揺らぎのある紋様もみていて飽きないというか。
田島:いいですよね。昨年は都内のカフェで「テーブルの脚にしたい」というデザイナーさんのご要望があって施工してきました。建材としてだけでなく、インテリア感覚でヘンプクリートを使ってくださる方もいらっしゃいます。

コロナ禍に出会った、ヘンプクリート
── ヘンプクリートの性能についてひと通り教えていただいたところで、そもそも田島さんとヘンプクリートに魅せられたきっかけを教えていただけますか?
田島:はい、僕はもともと建築系の仕事で8年くらいマレーシアにいたんです。新型コロナウイルスの感染拡大でロックダウンになって外出禁止になった時に、ヘンプクリートの動画に出会って。もともとヘンプには興味があったんですよ。日本では神事から衣類、生活用品にまであらゆるものに使用されてきた日本の重要な農産物だったわけですよね。その建材があるということまでは知っていたんですが「ヘンプクリート」という存在を知ったのは、それが初めてでした。
「建築業って、全然環境に優しくない」
── ヘンプクリートに当初どんな印象を受けましたか?
田島:いち建築士として素直に「すごい素材だな」と思いました。というのも、僕は大学を出てからずっと建築業界で働いていますが、スクラップアンドビルドというか「建築って、全然環境に優しくない」という思いをずっと抱えていたんです。
元々日本人が作っていたような家は、地産地消の天然素材で作られていたわけですが、いつしか工業化が進んで、どんどん環境に優しくないものになっていってしまいました。
その中で、100%天然素材でできた建材がある、しかもそれがかつて日本人の身近にあった麻で作られているということに、希望のようなものを感じたんですね。そして海外ではヘンプクリートがすごく注目されていることを知って、日本に戻ったら是非やってみたいと思っていました。

誰も知らないから、独学でスタート。
田島:日本に戻ってから、栃木県の麻農家さんのところに突撃でお邪魔しました。そちらは江戸時代から続く麻農家で、日本で「麻」となればまず最初に名前が出てくるような方です。
そしたらラッキーなことに、若い8代目にお会いできて「私たちもちょうどヘンプクリートをやろうと思っていた」とおっしゃって。そこで「ぜひ一緒にやってみませんか」となったのがきっかけですね。
とはいえ、誰もヘンプクリートの作り方を知らない。そこで私が建築業ということもあり、いつの間にか研究担当者になっていたというか(笑)。そこから独学でヘンプクリートについて調べ出しました。なぜ固まるのか、国産の材料でやるにはどうしたらいいかー‥などスタディーを重ね、実際に施工してみたら「上手くいった」という経験の積み重ねが僕らのベースになっています。

ヘンプクリートビルダーを増やしたい
── それが田島さんが「日本で唯一のビルダー」を名乗られている理由なんですね。
田島:そうですね。もちろん日本でも徐々にヘンプクリートは知られてきてはいますから、建築関係者の方など「作ったことがある」という方はいらっしゃったりするんですけれど、その方々に「施工」をお願いできるわけではないので、それでは利用が広がっていかない。
そういう意味で「施工法を指導できる・教えられる施工者」という意味でのビルダーは、今のところ僕だけなのかなと。つまり行きがかり上「日本で唯一のビルダー」を名乗っていますが“独占したい”とかではなく、むしろその真逆でもっともっと“ヘンプクリートビルダー”を増やしていきたいんです。そのために、施工法を伝えるワークショップなども色々と開催しています。

建築が「農業」を支援できる唯一の素材
田島:僕がなぜこんなに一生懸命になっているかというと、建築業界として唯一「農業」を後押しできるのが、このヘンプクリートだと思っているからです。農業が、今かなりまずいことになってきていますよね。農家さんがもう食べていけなくなってきている。
「林業」なら、住友林業さんのような企業さんが支援されているけれど、そちらももっとやっていくべきだと思いますし、同時に「農業」ももっと支援していかないと日本がおかしなことになってしまう。

田島:「建築」が「農業」に関わることの最大のメリットは、やはり「量を使う」ことだと思います。なのでヘンプクリートを扱える設計者や施工者が1,2人からはじまって、やがて100人になれば、それだけで農家さんが食べていけるようになるということなんです。
麻は何がいいかっていうと、3ヶ月で成長するんですね。もちろん農作物の一種なので、品質が良いものを作るためには栽培方法や必要な機会など色々ノウハウは学ばないといけないことは大前提として、それでも「麻を栽培するとこれだけの収入になる」ということを明確に作り出せれば、若い方の新規就農にもつながるのではないかと思っています。

建築を「自分たちの手元」に戻す。DIYとの相性の良さ
田島:そしてもうひとつ、僕が気に入っている点として、ヘンプクリートの建築は「自分たちでもつくれちゃう」というところ。
普通だったら、棟上げまでしてもらって「後は自分たちでやります」ってなかなかできないと思いますが、ヘンプクリートなら平屋くらいであれば全然自分たちでつくれてしまうんです。
今地方に移住して、自宅をDIYされている方も多いですよね。すごくいい流れだなと僕は思っています。家って本来、身近にある素材で自分たちで作るものだったはずだし、失敗したってそれも「思い出」になる。「家づくり」って本当はそういうものでいいはずなんですよね。

海外で利用拡大するヘンプクリート
── 海外と日本のヘンプクリートをとりまく状況についてついてどうお感じですか?
田島:全然違いますね。ヨーロッパではもう20年前から取り組んでいて、着実に増えています。フランスが一番最初ですが、パリオリンピックでの施設でもヘンプクリートが用いられていました。アメリカも2018年には全米でヘンプの栽培を解禁していて、そこから一気にヘンプクリートの研究開発が進んでいます。建材としての基準ができたりと、国としても補助金を出して推進していますね。

ヘンプクリートを通して、麻の可能性を広めたい
── 日本でヘンプクリートが全然知られていないのはどうしてだと思いますか?
田島:やっぱり「ヘンプ」というもの自体が、きちんと理解されていないということでしょうね。日本では「大麻=マリファナ」というイメージが刷り込まれてしまっている。
ただ日本でも2023年の暮れに栽培についての解禁が進んでいるんですよ。これまで誤解を生んできた「大麻取締法」が改正されました。やっと「栽培を前提として、“守るべき規制”がある」という状況になってきたということです。
これまでも伝統的な麻栽培を農家さん達が頑張って続けてきてくださっていました。そこに加えて「産業用の麻栽培」もこれから進んでいくことが見込まれます。ただ法律としては施行されているけれど、まだまだ細かいところは詰まっていない印象もあるので、上手く機能していくかどうかはこれからでしょうね。
── 3月には本土初のヘンプクリート住宅が施工される予定です。その工事に合わせて施工者向けの養成講座も開催されますね。
田島:そうです。一般の方に認知いただくのはもちろんなのですが、施工業者や設計者に認知してもらえていないと建築としてスペックインできないので、両方一緒にやっていかないといけないなと思っています。自分ができることは多くはありませんが、ヘンプクリートの活動を通して、麻の可能性を理解してくれる方が増えたらいいなと思っています。
(取材:2024年12月)
屋号 | 麻壁らぼ |
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URL | https://hempcretelab.jp/ |