real local 山形【移住者インタビュー】デザインの、もっと近くに。地域とつながる古民家暮らし/河野 愛さん - reallocal|移住やローカルまちづくりに興味がある人のためのサイト【インタビュー】

【移住者インタビュー】デザインの、もっと近くに。地域とつながる古民家暮らし/河野 愛さん

インタビュー
2025.04.29

山形市蔵王を拠点にグラフィックデザイナーとして活動する河野 愛(こうの・めぐみ)さん。10年ほど東京を拠点に活動していましたが、デザインの仕事を続けるなかで、時間をかけて地域やまちと関わりたい、そのためにもいずれは移住したいと考えるようになりました。そうしたなか、かねてから古民家に住みたいという希望もあったことから、次の暮らしの拠点となったのが現在の住まい。山形への移住のきっかけや現在の生活について、お話をうかがいました。

【移住者インタビュー】デザインの、もっと近くに。地域とつながる古民家暮らし/河野 愛さん
よく晴れた日は、飼い猫も外を眺めながら日向ぼっこ。庭には元々置いてあったという陶器のテーブルとスツールが。

季節の恵みにふれ、移り変わりを愛でる日々

「東京を拠点に地域に関わるデザインの仕事をしていたのですが、もっと地域やまちと時間をかけて関わりたいと思うようになり、いずれどこかに拠点を決めて移住したいと考えていました。自分が携わったデザインがじわじわと育っていく様子というか、その場所で生まれていく光景を近くで見てみたかったんです」

そう話すのは、パートナーと2匹の猫と暮らす、グラフィックデザイナーの河野 愛さん。大阪府堺市で生まれ育ち、デザインの専門学校卒業後は地元のパッケージメーカーに就職。その後、手がけるデザインの領域を広げたいと考え、大阪のデザイン事務所に転職しました。そこでは商業デザインの基礎やノウハウを叩き込んでもらったものの、多忙を極めていたこともあり、仕事とプライベートのバランスを考えるように。転勤を機に上京し、2年ほど勤めたのちに独立。以来、フリーランスのグラフィックデザイナーとして活動しています。

山形市へ移住したのは2022年。取材時は3月下旬とあって、蔵王のふもとではすっかり雪も解け、いたるところで春の訪れを感じます。

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買い物に行かずとも、食べられるものがすぐに手の届く場所にあるのは、都市部ではなかなか得られない豊かさです。友人と一緒に耕したという小さな畑では、トマトやオクラ、玉ねぎなどを育てていたとのだとか。自らが焙煎した豆を挽いてコーヒーを淹れることもあるそうで、庭に出て景色を眺めながらコーヒーを楽しめるのも、この場所ならではの過ごし方。

「庭にはたくさんの木が植わっていて、春には木蓮、秋には金木犀や紅葉がきれいです。山菜やミョウガも自生していて、最近だったらフキノトウを天ぷらにしたり。自分で採って調理して食べるのは楽しいですね。(庭に生えているフキノトウを見て)でもこれはちょっと開き過ぎかな」

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「山形ビエンナーレ」で感じた、知らない山形

初めて山形を訪れたのは、2022年の山形ビエンナーレのとき。会場となるのは、やまがたクリエイティブシティセンターQ1や文翔館、やまぎん県民ホールなどで、中心市街地での開催でした。大阪出身とあって、山形はもちろん東北にはこれまで縁がなかったという河野さん。

「山形ビエンナーレで街中を巡っていると、文化的な場所がたくさんあることに驚きました。文翔館もそうですけど、まるで中世ヨーロッパのような建築の病院もあったりして。そういうものにすごく惹かれたんです。自然は好きですが、本当にそれだけだと実際に住むには厳しいなと思っていたので、街の中心部まで車やバスで30分とかからない、都市の機能と自然との近さを同時に享受できる環境は魅力でした」

パートナーはイラストレーターでもあることから、自然を近くに感じながらも美術館や大学などの文化的な施設が身近にあるといった環境のバランスは、ふたりにとって大きなポイントだったようです。

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基本的な営業日は平日の朝から日没ぐらいまで。山形にきてからは働き方も大きく変化したという。

「私たちが住んでいるエリアには動物も結構いるんですよ。引っ越してすぐの頃はキジがやってきました。見晴らしの丘方面から山を下ってくるときはカモシカと遭遇したんですけど、こんなにすぐ出会えるなんてさすが山形だなあと感動しました」

現在の生活において、移動に欠かせないのが自転車。山形で車を運転する人に話すと「そんなところまで?!」と驚かれるそうですが、行きたいところはだいたい自転車で行ってしまうのだとか。

「免許は持っているのでレンタカーも試したんですけど、やっぱり運転がちょっと怖くて。山形にきてからは自転車をフル活用しています。景色も良いのですごく気持ちいいんですよ。山形市内だけでなく、近いので上山にもよく行ったりしますし、あるときは村山まで行ったこともあります。片道で2時間ぐらいかかりましたが(笑)」

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空間に合わせて配置された民芸品は、山形のアンティーク店や古道具店で出会ったものもある。機能的でありながらもインテリアとしての存在感も。

移住体験ツアーと古民家との出会いが決め手に

山形への移住のきっかけは、住まいである物件ありきといっても過言ではありません。地元の建築会社が設計した築60年の建物は、庭付きで敷地全体の広さは約100平米ほど。壁の色や床材を中心に、全体の3割程度をリノベーションしています。

「フリーランスのデザイナーという仕事柄、自宅で作業する時間が長いこともあって、住居にはこだわりたかったんです。古道具や民芸品が好きなので、住むなら古民家が良いと思っていたのと、仕事の合間に外の空気を吸うだけでも息抜きになるので、一軒家で庭があるという条件にはすごく惹かれましたね」

移住前は東京在住だったこともあり、はじめは神奈川近辺で探していたものの、なかなか希望する古民家の物件に出会えませんでした。山形ビエンナーレを機に、時間があれば「山形 古民家 賃貸」などと検索し新しい情報がないかと探していたところ、現在の住まいとなる物件が出てきたそうで、問い合わせてみるとすぐに返信が。

「そのとき担当してくださった方が、リアルローカル山形で移住コーディネーターもされている梅津くれ緒さんだったんです。写真もたくさん送っていただいたので、事前に細かく見て良いなと思い、ぜひ内覧させてくださいとお願いしました。それから、ちょうど良いタイミングで移住者向けの『オーダーメイド型移住体験ツアー』にパートナーと参加できたのも良い検討材料になったと思います」

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ツアーの内容は、山形市内で視察したい場所をいくつかピックアップして、それらを元にプランニングし1泊2日で回るというもの。河野さんは、芸術や美術に関わる施設や気になる古民家を視察したいと事前にリクエストしていました。インターネットで調べたり観光地を回ったりするだけでなく、自分が実際に住んでみたいと思える条件のもと生活の雰囲気を体験できるのが、このツアーのメリットでした。

「当初は物件を購入することも視野に入れていましたが、改修費のこともあり迷っていると、賃貸にしてくださったんです。担当の梅津さんには本当に色んな面でたくさんお世話になりました。不動産屋さんなんですけど、いまだに交流が続いています」

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右上_山形駅前でライブをしていたのがきっかけで聴くようになった「切腹ピストルズ」。ソノシートのシングルはジャケットも素敵。右下_グッズもお気に入り。シルクスクリーンのデッキシューズはメンバーによる手刷り。左上_備付けの飾り棚には細々したものを並べて。左下_昔懐かしいガラスの柄。

デザイナーという仕事にマニュアルは存在しない

河野さんのホームページを見ると、「デザインまわりのこと、あまり関係のないことでも、なんでもお気軽にご相談ください」とあります。なんだかほっとするような、ちょっと気になるこの一言。

「私自身がいろんなことに興味がある人間なので、何か共通点があったらいいなと思っているんです。それに、雑談ベースだと肩肘張らずにお互い話しやすいですし。お仕事を依頼してくださる方は、ざっくりとした要望とイメージはあるものの、何をどうしたらいいかわからない、決まっていない状態の方が多いんです。私の場合、具体的な話をする前にまずは頭の中にあるものを出してもらいながら、ヒアリングさせていただくことが多いですね」

地域に関わるデザインの仕事をやってみたい。あるときから、そんなふうに考えるようになったという河野さん。きっかけのひとつとなったのは、親しみやすさとやわらかい雰囲気を纏った地域の土産品でした。目指す仕事の形を目標にしながら、東京に住んでいたころから積極的に地域のイベントに参加したり顔を出したりするうちに、だんだんと地域に関わる仕事が増えていったといいます。
たとえば、茨城県大子町の就労支援事業所の方が育てたホーリーバジルを使って作った「ホーリーバジルティー」。大子町では1ヶ月間滞在しながら制作するアーティストインレジデンスという取り組みを行っていて、河野さんが参加したのもその一環です。

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ロゴやパッケージデザインを担当した「ホーリーバジルティー」。包み紙にはグラシン紙を採用し、手に取った時に印象に残るような提案を行った。

同じ空気を感じ、アイデアが生まれる距離

実際に移住してみると、物理的距離も近くなったこともあり、クライアントとはコミュニケーションが取りやすく、状況も把握しやすくなったそう。電話やメールではわからない、直接会うことの大切さを感じたと話します。

山形にやってきて1年が過ぎたころには、上山市の〈農園カフェ まってる〉のオープンに向け、店舗ロゴから外観を含めた全体のグラフィックデザインを手がけたそうで、印象に残っているこんなエピソードが。

「『まってる』というユニークな名前は、依頼主であるお店の方が最初から決めていたんです。叙情的というか物語を感じる素敵な名前ですが、どうすればその魅力が伝わるだろうかとずっと考えていました。そんなとき、お店のあるロケーションは見晴らしが良くて、蔵王連峰がすごくきれいに見える場所なのですが、そこで店主がお客さんをずっと待っているような絵が自然と頭に浮かんだんです。そんなことを短い詩のコンセプトコピーとして入れながら、店名やビジュアルとの一体感が出るようにしてはどうかと提案しました」

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上山市の民家を改装した農園カフェ〈まってる〉のWebサイト。コンセプトコピーのほか、イラストレーションやグラフィックデザインも河野さんによるものだ。

ときどきお弁当を買いに行くと、新しく棚を設置していたり、物販コーナーが設けられたりしていて、少しずつお店が変化しているそう。

「そういった風景が見られるのもこの仕事の醍醐味ですよね。東京で仕事をしているときから、自分が携わったデザインがどのように変化していくのか興味がありましたし、その様子を近くで見ることができたらと思うことが多々あったので」

【移住者インタビュー】デザインの、もっと近くに。地域とつながる古民家暮らし/河野 愛さん
蔵王の冬にはAladdin(アラジン)のストーブが欠かせない。毎日お湯を沸かしたり、簡単な調理をしたりすることもある。

素材にふれることで自然湧いてくる創作意欲

蔵王に住んでみて感じるのは、ダイナミックな四季のコントラスト。それまで経験したことのないような寒さと、想像を超える過酷な暑さ。芽吹きの勢いと生き物の気配。繊細かつ艶やかな紅葉の彩り。河野さんが考える、山形の魅力とは。

「雪が降った日の翌朝は、辺り一面が真っ白になってキラキラしているんです。家を出るとすぐ山が見えるんですけど、霞がかっている日もあればくっきりと見える日もあって、見ていて飽きないんですよね。山形の一番の魅力は食べ物っていう人も多いけど、私は景色だと思っています。ここにいなければ見られないし、お金では買えないじゃないですか」

また、移住してから始めたのが陶芸。近所のコミュニティセンターでは平清水焼の陶芸教室が開かれていて、これまでは猫の餌や水を入れる脚付の器や花瓶、カレー壺などを制作。普段はパソコンでの仕事が中心なので、なるべく自然の素材にふれたいという欲求が強かったのだそうです。

「環境も変わったので、新しいことをしたいなと思ったんです。普段は平面のものしか作らないので、立体のものを作れるのが新鮮で楽しくて。次は風鈴を作ろうかなとか、作りたいものが次々と出てきます。山形にきてからはさまざまな素材が身近な環境になりました」

【移住者インタビュー】デザインの、もっと近くに。地域とつながる古民家暮らし/河野 愛さん
2匹の猫を飼っている(しじみ6歳、ムーちゃん4歳)。こちらは陶芸教室で作った平清水焼のフードボウル。

自分の心が動く瞬間と、素直な感性を大切に

デザインが生まれる原動力となっているのは、好奇心や人との出会い。そして瞬発力が大切だといいます。移住時の物件を担当してくれた梅津さんと一緒に、村山市の高校を改修した複合施設〈Link MURAYAMA〉へ遊びに行ったときのこと。

「施設のリノベーションを担当された方がたまたまいらっしゃって、その方は古材を使ったグッズをブースの一角で販売していたんです。話をするうちに意気投合し、一緒に商品企画をしたりお店を手伝うことになって、最近では私が作った『むらやまタイポ』のオリジナル商品も販売していただいています」

村山市内にあるお店の看板文字を「むらやまタイポ」と名付け、それらを採取してデザインを再構築するというこのプロジェクト。商店街を歩いていたときに、喫茶店や定食屋のユニークなロゴに惹かれたことから生まれました。

「将来的には、私が考える山形土産というものを作ってみたいです。それと山形に住む前と住んでからの視点を盛り込んだ、ガイドブックの構想もあります」と河野さん。その土地にいるからこそ感じられることを、デザインによってどのように伝えられるのか。そんな可能性を模索し続けています。

【移住者インタビュー】デザインの、もっと近くに。地域とつながる古民家暮らし/河野 愛さん
「むらやまタイポ」のアクリルキーホルダー。山形は温泉が多いことから、ロッカーキーがモチーフになっている。


Profile

河野 愛(こうの・めぐみ)
グラフィックデザイナー。山形市在住、大阪府出身。大阪総合デザイン専門学校卒業後、大阪の米袋を専門とするパッケージメーカー、デザイン事務所に勤めたのちに上京し独立。企業の商品企画やブランディング、ロゴやパッケージ、広告やWebサイトのグラフィックデザインやイラストレーションなどの制作を行う。2017年には、自身が手がけた〈伊達水蜜園〉のシェアする桃のパッケージ「シェアフルーツ」がグッドデザイン賞受賞。22年より山形市蔵王を拠点に活動している。
https://www.nid-d.com/

写真:佐藤鈴華(STROBELIGHT
文:井上春香