こだわるのは、ここにしかない味。
地域の食
旅先での食事は、せっかくならそこでしか味わえないものがいい。
『魚屋の喰い処まつ田』(以下『まつ田』)は、日本海で獲れた正真正銘の”天然物”を楽しむことのできる、海辺のレストラン。
一番の売りはなんといっても、新鮮さと美味しさに徹底的にこだわった地魚だ。
漁港から、こだわり始め。
明け方4時半。
漁場からの船を迎えた茱崎(ぐみざき)漁港に、定置網にかかった魚が水揚げされる。
店で出す魚を、店主自ら漁港で買い付けるのが毎朝の日課。お客さんに提供するのにもっともふさわしいタイミングで締め処理ができるよう、状態のいい生きた魚しか仕入れない。
現場での確かな目利きが、『まつ田』の品質を支える第一のこだわりだ。
目利きと共に、地物の魚を最高の”鮮魚”へと仕上げるもう一つのこだわりが、魚の鮮度と美味しさを抜群に保つ「神経締め」と呼ばれる技術。魚の身に血が回らなくすることで鮮度が保たれ、臭みがなく熟成による旨味も増すという。
『まつ田』にとって”鮮魚”とは「しかるべき仕事を施してつくりあげるもの」。
魚に対する徹底的なこだわりの背景には、地元で商売を続けていくための特別な思いがある。
越前海岸に「渦」を生みたい。
学生の時分から「海の近くで仕事がしたい」と考えていた店主の枩田卓也さんは、美しい夕陽が沈む越前海岸の海に大きな可能性を感じ、15年前に福井へ戻ってきた。
家業の魚屋を継いでみてわかったことは、そもそも地元には人が少ないということ。越前海岸に人の流れを生み出したいと試行錯誤を繰り返す中で気づいたのは、業種や地区の垣根を超え、地域全体で「渦」を生みだすことの大切さだ。
「例えば、漁師が命がけで獲ってくる魚が、おれら次第で大したことない魚にもなるし、極上にもなる。おれらは消費者の口に入るまでの橋渡し役。漁師からもらった魚を最高の状態で提供することで、お客様に感動を与える。そうやって土地全体のブランド力を高めないと意味がない。土地全体として、きてもらえる価値のある場所かどうかの話やから。」
うまい魚は、地域の中にあるつながりと熱量、すなわち「渦」を感じてもらうための入り口に過ぎない。だからこそ、『まつ田』の魚は、常に最高である必要がある。
届けたい「ここにしかないもの」の価値。
天然物の地魚にこだわるのは、それが地域の価値を直に感じてもらうことのできる商品であり、お客様にとって一番求められるものだと信じているから。
「今って、流通技術も発達して、日本全国どこいってもおんなじもの食べられる時代やん。やから、ここでしか味わえないものを出すっていうことが、お客さんにとっては一番嬉しいはず。」
「ここでしか味わえない」のは、地魚だけではない。サンセットクルーズやナイトシュノーケリングなど、越前海岸の資源を活かした体験観光事業にもこれから力を入れていく予定だという。
「いろいろやるけど、結局どれも(地域の価値を感じてもらう)ひとコマにすぎない。このへん一帯を、みんなでリゾートにせんと。」
思い描く流れは、着実に生まれ始めている。
『まつ田』とともにどんどん大きくなっていく越前海岸の「渦」を、ぜひ一度体感しにきてほしい。
早朝の取材を終えて登場したのは、その日に揚がったアジとイカの刺身。
「おれら刺身っつったら朝に食うもんやで。獲れたてが一番うまいに決まっとるやん。」
読者のみなさんすいません。
ここにしかない味、お先にいただきました。