現場が光る会社、ひとが輝くまち/ CBE-A代表・千葉亮さん
2016年、休暇を過ごすために訪れた山形は、疲れ果てていた千葉亮さんにとって「すごい天国だった」という。その衝撃は、東京を離れて山形に移住することを千葉さんに決意させた。「ここで暮らす方が人生が豊かになる」「仕事は後からどうにでもなる」と直感した。
果たして1年後、元気になった千葉さんは株式会社CBE-A(シーベア)という自身の会社を立ち上げ、すでに複数の企業をクライアントとして、新しい価値を企業に吹き込むための施策と「業務執行」で多忙な日々を送っていた。大手IT企業において20代の若さで600億円規模のシステム開発を統括したスキルと、大手外資系コンサルティング会社で大規模プロジェクトを成功に導き最年少役員として登用された経験と、大手生命保険会社のコーポレート・ガバナンスを設計した手腕を武器に。
千葉さんは、山形に突然現れた、ビジネス革新の新しいタイプの請負人だ。さあこれからここ山形で、どんな夢を描き、それをどうやって現実のものにしていくのか? そんなインタビューです。
コンサルではなく
企業の「業務執行」を行う
外資系大手コンサルティング会社での成功事例から千葉さんが得たのは、企業価値を創出させる仕組みづくりの方法論。その重要なポイントはふたつ。「ビジネスを動かしている考え方を極限まで研ぎ澄ませること」と「ヒアリングを通して、業務上のまだ言語化されていないような無意識の行動原理を明確に描き出す」こと。千葉さん独特のやり方だ。
「今、私たちがやろうとしているのは、経営者と一緒に企業のバリューアップを図ること。その仕組みづくりを行うことです。いわゆるコンサルティングと違うのは、経営者のそばで『業務執行』を責任を持って行うという点。具体的には、経営者のビジョンを従業員まで浸透させていくための青写真を作り、ビジョンを実現させるための計画を立て、その上で、私たちの専門であるマーケティング、ITによる業務改革、知財保護、人的資源管理という4つの分野での業務を執行していきます」。
例えば、営業の現場に同行し、現状をどう変えればお客様に感動されるかを一緒に考え、改善する。経理担当者がどんなシステムでどんな風に業務を行なっているかを間近で見て、生産性向上の策を一緒に考え、改善する。
そんなふうに現場の細部までを正確に把握し、中長期スパンで改善計画を立て、ビジョンの実現へと繋げていく。現場で小さな改善が毎週積み重ねられていった結果、1年の後には劇的な変化が企業内に生じることになる。そうした実績がもう目に見えるかたちで山形のクライアント企業のなかにも生まれているのだ。
現場で働く人が
高く評価される世の中へ
千葉さんは経営者に対して、人件費を減らしましょう、というアドバイスは絶対にしない。それでは現場は萎縮してしまう。千葉さんの望みは、現場を輝かせることだ。
最初に勤めたIT企業では、一大プロジェクトに一緒に取り組んでいた優秀な上司や同僚たちが次々に心を病んで倒れ去っていくのを目の当たりにした。技術的なことを正確に知りもしない誰かが勝手に描いた実現不可能な絵空事をミッションとして与えられた現場が「なぜやれないんだ」「やれ」と理不尽な要求を突きつけられ続けた結果だった。
最後に勤めた生命保険会社では、現場の営業マンたちの声を拾い上げ、業務をシステム化し生産性を劇的に向上させる業務改善プロジェクトを成功させた。また、組織内の誰も取り組み得なかったコーポレート・ガバナンスの設計図を作り上げた。しかし、その過程で組織内のマネージャークラスからの陰湿な反発や妬みを買うことを経験したし、プロジェクトが成功した途端にその手柄を奪い取られることも経験した。
頑張っている現場の人間が搾取され疲弊していくのは正しいことではない、と身をもって知った。現場で一生懸命やっている人がちゃんと評価されるようにしたい、そういう会社を増やしたい、そういう社会になっていくようにしたい、というのが今の千葉さんの願いだ。
技術と知恵だらけ
という山形の魅力を感じて
疲弊していた千葉さんを元気づけたものは、山形の美味しい牛肉、旨い酒、果物、山、そして川だった。大好きな自転車を自然の中で、いつでも、どこまでも気持よく走らせることができるのもこのまちの素晴らしさだ。だから「自分にとっては本当に天国みたいな場所」なのだと言う。しかしその一方で「山形の人は自分たちの与えられているこの環境の素晴らしさにまるで気づいてない」とも。
山形に移住してからの2年にも満たない時間の中で、たくさんの現場を見てきた。りんご農家の指先に美味しいりんごを実らせるための知恵や技が宿っていることを知った。大工の腕に美しい家具をさらに美しく仕上げるための知恵や技が宿っていることも知った。知識や技術をもって生きている人だらけだと知った。
「本当に素晴らしい技術を持った人がたくさんいるのに、山形の人はみんなまるで褒められ慣れていない。一体どれだけ褒められずに生きてきたんだろうって思いました」。
このまちには大都市の大企業はほとんどないけれど、それはなんら恥ずかしいことじゃない。大企業だから素晴らしいなんてことは全然なくて、大企業の方がむしろ一人ひとりがもつ技術はすごくちっちゃいなんていう例をこれまでたくさん見てきた。自分を拠りどころに山形に生きている、一人ひとりの知恵と技術の方がずっと素晴らしいのに、と。
「この七日町だってなかなか人の流入が進まない、という課題を抱えているわけですけど、でも、この商店街の人たちって、自分たちが売っている商品の知識とかアフターフォローとかそれを活用するやり方とか、内側に膨大な無形資産を貯めているんです。郊外の大型ショッピングモールのお店なんてまるで比較にならないほどに。だから、この資産をいかに引き出して全体につなげていくかという設計をやれば、七日町を思いっきり変えていくことは絶対にできるんですよ」
千葉さんは、そして、最後に教えてくれた。
「このまちは必ずもっともっと魅力的になれます、それはもう、間違いありません」。
撮影:ISAO NEGISHI