考えるちからを育む「こども芸術大学」
東北・山形のクリエイティブ拠点、東北芸術工科大学。そのキャンパス内には、認定こども園「こども芸術大学」がある。
芸工大の創設者・徳山詳直氏によって「こどもこそ未来」というスローガンが掲げられ、大学内に施設をつくり、みんなで子どもを育てていこうと2005年に開学。3歳から就学前の通学型の教育機関として始まり、2017年からは幼稚園と保育園の機能を併せ持つ、認定こども園になった。開学以降、「こども芸大」の愛称で親しまれている。
「こども芸術大学」とはいえ、ここは芸術やデザインの英才教育をする場ではない。主体的に考え行動する力を育む場。
園長の齊藤祥子先生に園をご案内いただき、こども芸大についてお話をうかがった。
午前10時、園にお邪魔すると、建物からエネルギーが溢れ出しそうなほど、元気いっぱいな子どもたちの姿があった。クラスの垣根を超えて、それぞれが手作りの遊具を使って遊んだり、ままごとをしたり。大人からテーマを与えることはなく、子どもたちが自分でやりたいことを選択して、自由にのびのびと過ごす「ぼくわたしの時間」だ。
「今を十分に楽しんでいるか」
「今だからこそ経験できることは何か」
これは、こども芸大が大切にしている考えのひとつ。ここで過ごす時間は、大人になるための準備期間ではないという。小学校に入ったら困らないように字を学んだり、先に備えて勉強することはしない。
人間形成の土台を作る幼児期の今だからこそ、遊びを通した学びが重要になる。子どもの今を精一杯生きることが大人につながるという考えだ。
園内には、「こども劇場」というホールがある。取材日には芸工大の学生がやってきて、子どもたちと一緒に体を動かす時間があった。ピアノの音に合わせて、スキップをしたり、ぐるぐる走り回ったり、とても楽しそうだ。
中でも子どもたちが大学生にリズムの動きを教えている姿が印象的だった。子どもたちにとって大学生は憧れの存在。そんなお兄さんとお姉さんに、自分たちでも貢献できることがある。それが子どもたちの自信につながっていくのかもしれない。
子どもたちと先生とのコミュニケーションを観察していると、「〜しなさい」といった指示は聞こえてこない。たとえ、子ども同士がけんかしても「とりあえず謝りなさい」とは言わない。
「とにかく、大人の価値観で縛らないこと。謝るタイミングも自分の責任で子どもたちが考えて選び取っていきます。私たち大人の役割としては、見えていないこと、思い至らないところがあれば伝える。そして、結末まで見守って『自分で考えたんだね』『それでいいんだよ』というような、言葉のハンコを押してあげる。
子どもが困ったとき、間違えたと感じているときは『このほかに、どんなやり方があったと思う?』と質問を投げかけていきます」(齊藤先生)
子どもたちに問いを投げかけること。それは受け手の子どもにとっても、投げる大人にとっても、とても高度なことだと思う。
職員同士でも、キャリアがある先生から学び、“問いのスペシャリスト”を目指しているのだという。YesかNoで答えられるクローズな質問で聞くのは簡単だが、あえてオープンな質問を投げかけ、子どもたちが自分で考え自分の言葉で語り、行動につながるよう心がけている。
「答えは子どもたちの中にある」という信念がこども芸大にはある。どこまでも子どもを信頼するということなのだ。
保護者との関係性にもまた、こども芸大の哲学がある。子どもたちを預かることで子育てを楽にするのではない。大切にしているのは、一緒に子育てをしていくというスタンス。こども芸大が考える子育て支援は、今の子どもにしっかり目をむけて、より子どもを身近に感じてもらうことなのだという。
例えば、おむつは捨てずに保管し、毎日持って帰ってもらう。「体調が心配であれば、中を開いて見てください」とお願いをする。保育参観のイベントでも、保護者が後ろに並んで参観するのではなく、親も参加して、子どもたちと一緒に同じことに挑戦してもらう。
「先日、『親子うんどうの日』というイベントがあったのですが、親子で同じ運動をすることで、子どもが走る速さを知ったり、掴んだり投げたりする力を感じ取ることで発達がわかるんですよね。見ていると、園行事を通して我子との関わり方を確認することもあるようです。子どもの『今』に気づく場を、ここでつくっていきたい思いがあります」
保護者が園の活動にコミットするからこそ見えてくる子どもの姿がある。それを共有し、一緒に考え、乗り越えるパートナーとして先生たちもいる。こども芸大が目指すのは、大人も一緒に成長していける場。親子にとって持続可能な子育て支援といえるだろう。
卒園後、毎年5月にはオープンキャンパスがあり、そのとき卒園生が集まることになっている。親子の悩み相談や近況報告をする交流の場となり、先生たちは子どもたちの近況を聞き、こども芸大における改善点を見つけ出すという。
芸工大との連携もまた、こども芸大をより発想豊かな場としている。
例えば、プロダクトデザイン学科の学生が子どもたち用に曲げ椅子を制作した。椅子として大活躍しながらも、子どもの手にかかると遊び道具にも変身する。つくって終わりではなく、使われ方まで見られることで、学生にとっても、耐久性の研究や子ども向けのデザインの学びになっているようだ。
よくよく空間を見渡すと、キャラクターのグッズやぬいぐるみなど、典型的な子ども向けの装飾やおもちゃは見当たらない。弧を描くような建築デザインの中に、芸工大生がつくるオリジナルの家具や遊具がある。創造性と想像性が育まれる、とても豊かな学びの場だと思う。
そのほか、グラフィックデザイン学科が子ども向けの遊びの場をつくる「あそびの縁日」や、企画構想学科やコミュニティデザイン学科が子ども向けのワークショップを考えて、提案することもある。子どもたちが芸工大のキャンパスに出ていき、体育館で一緒に体を動かしたり、学内を探検したりすることもある。まるで学生と子どもたちが共に学び合っているようだ。
芸工大と連携し、発想を刺激するものに囲まれ、常に自分で考える環境がこども芸大にはある。これからはさらに視野を広げて、地域にも目をむけていきたいという。
「近くにある『たつのこ保育園』とは長年行き来があり、歌やリズムの活動に一緒に取り組み、関係性を築いてきました。これからは保育園やこども園の域を超えて、もっといろんな世代と交流し、地域にも子どもを中心とした輪が広がっていくといいなと思います。そして、子育てが決して大変なものではなくて、尊いものだということを、もっと多くの人に共有できたらと思っています」
今回の取材を通じて見えてきた、子どもたちと先生たちの考え方や習慣。きっと大人も子どもも、生きる上で大切なことは同じなのだと思う。こども芸大のエッセンスに触れていると、大人になって見失いかけていた大切なことに気づかされるようだった。
これからこども芸大は、どのように進化していくのだろうか。
撮影:根岸功