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食彩やまがた12カ月 葉月「だだちゃ豆」

地域の連載

2020.08.24

このコーナーでは今が旬のやまがたの食材にフォーカス。その天の恵みを育んだ風土や歴史、ひとの営みにも手をのばしていきたいと思います。

食彩やまがた12カ月 葉月「だだちゃ豆」

7月下旬の早生種の出荷にはじまり、お盆を過ぎたころの出物が極上とされる山形の夏を代表する食材、だだちゃ豆。ブランド野菜として食味のすばらしさや名称の由来など、この枝豆の物語はさまざまに広められています。

たとえば、こんなこと。

だだちゃ豆の先祖種「八里半豆」(九里=栗に匹敵する風味とうま味のある豆)は、新潟の越後地方から山形県は庄内の鶴岡へ江戸末期にもちこまれた可能性があるそうです。そこでより美味しい系統が選抜され、明治15年前後には「だだちゃ豆」の名称のもとになったと思われる「タタガ豆(『だだが豆』と読む)」が評判をあつめた。その後も各家々で品種選抜が進み、大正年間には鶴岡から逆に新潟市へもちこまれた品種が、こんにち同地の銘柄豆「黒崎茶豆」のルーツと考えられています。

あるいは、こんなこと。

枝豆の食味を評価するのに糖類やアミノ酸がものを言いますが、だだちゃ豆はそれらの含有量が多く、かつ「香り米」とおなじ香り成分が多くふくまれています。わたしたちが「美味しい」と感じるのは味覚はもちろん、嗅覚も重要な働きをになっているとだだちゃ豆は教えてくれます。

これらは科学的な調査や研究で明らかにされたことです。先人の研究遺産や郷土史家の地道な調査、そして同僚やほかの研究機関などの力を借りて、だだちゃ豆に科学的な光をあてたのが、山形大学農学部教授の江頭宏昌(えがしらひろあき)さん(55歳)です。

江頭先生の専攻は植物遺伝資源学。また山形在来作物研究会会長という肩書きもあり、研究対象はまさにその「在来作物」です。

「わたしが山形大学に植物遺伝資源学の研究室を立ち上げたのは2001年のこと。それは運命なんですかね、おなじ年に奥田政行シェフが鶴岡にアル・ケッチャーノを開店したんです。地元食材にこだわる奥田さん、在来作物を研究対象にしたわたしでコンビを組み、02年ごろから農家を訪ね歩きました」

ここでいう在来作物とは、おもに農家が自家採種したタネを先祖から守りつづけ、栽培・利用してきた作物のこと。そこには家々独自の採種法、増殖の仕方から作物をいつ、どのように食べるかまでを含んでいます。だだちゃ豆も160年を超える在来作物のひとつです。

食彩やまがた12カ月 葉月「だだちゃ豆」

聞けば江頭先生、福岡県北九州市に生まれ、京都大学、京都大学大学院に学び、山形大学に研究者としての職を得て鶴岡へ。しかし着任時にとりくんでいたのは、トマトのバイオテクノロジー。以前と現在では「看板をかけかえたんですよ」と笑って話します。

「農家のひとたちからすれば先祖から受け継いだものだから大事にしている、というくらいの認識しかなかったんです。全国に流通している商業品種は無難にいろいろな用途に使えますが、在来作物は個性的な味をもっていて、食べ方を生かすと在来作物のほうがずっと美味しいということを農家さんは知ってましたね」

在来種を理解するのにわかりやすいのが、F1(雑種第一世代)種との比較。異なった遺伝子をもつ両親をかけあわせてできる子孫の第一世代のことです。この雑種一世代には収穫量や耐病性が高まり、個体間の形質がそろうため、生産と流通効率があがるというメリットがあります。

しかしそのF1の優位性は一代限り、F2以降は形質が不揃いになるため、農家は毎年種苗メーカーなどからF1のタネを買いつづけなければなりません。

一方、在来種は固定種とも呼ばれ、親個体から採種した種子をまいて子世代を育てても、親子世代は似たような形質を示します。これは遺伝的に形質が固定しているという意味で固定種と呼ばれるのです。そのため、何十年でも自家採種で受け継いでいけるのです。しかし、おなじ世代のなかでも形質や収穫時期などが個体間で少しばらつくことがあります。自家採種しても作物の特性が世代間で異なることがあるのです。

またF1種は育成も個体間でよくそろうため、作業効率は高まる反面、日照りや水害、病害などの影響をおなじライフステージでいっせいに受けるのに対して、在来種は育つスピードにも、環境ストレスや病害虫への反応にも個体差があるため、全損被害はまぬかれる可能性がある。つまり在来種には多様性があるということ…。

食彩やまがた12カ月 葉月「だだちゃ豆」

江頭先生の「看板のかけかえ」にはそこにいたるまでのプロセスがありました。大きな影響になったのは、ふたりの先人の教え。

ひとりめは戦後から高度経済成長期に山形大学農学部で教授も務めた青葉高先生(1916~99年)。野菜がどんどんF1種に植え替えられていくなかで「在来品種は生きた文化財」と唱え、その保存を訴えました。

もうひとりは東京工業大学教授などを歴任した川喜田二郎先生(1920~2009年)。その著書に感銘を受けた江頭先生は、川喜田先生のもとを訪ね、直接教えを請うたそうです。その内容はフィールドワーク。

「それまではトマトの研究をしていたわけですから、仕事といえばラボのなか。外へ出て、生産者と話しをする機会はほとんどありませんでした」

江頭先生はつづけます。

「川喜田先生は世の中のあらゆる問題を解決するには、書斎科学、野外科学、実験科学の3つの科学を利用する必要があるとおっしゃいます。

世の中には、お金にはならないけれど大切なもの、なくしたくないものはたくさんあります。しかし多くの人が忙しくなり、効率のよいものが求められる世の中では、大切なものがどんどん失われてしまいます。在来作物はまさに捨てられるか、大切に継承されるかの価値観の狭間にあります。

ときどき感じるんですが、在来作物の価値と継承を考えることは、川喜田先生の3つの科学が本当に役立つのかどうかを証明するための、わたしの研究者人生をかけた実験なんじゃないかと」

その生涯にわたる実験の大いなる第一歩になったのが、さきに述べた「だだちゃ豆の起源は新潟」を文献にあたり、農家などを訪ねるフィールドワーク調査だったのです。

商標上、だだちゃ豆という呼称が許されている系統以外にも、昔から農家の家々で大切にされてきた実に多くの良食味のエダマメ系統があります。わたしたちが青果店や産直で手にするだだちゃ豆と言えば、だいたいの特徴を言い表すことができます。たとえばひとつのさやのなかにあるのは2粒、種皮の色はすこし黒ずんだ緑色の茶豆系統によくある姿。

しかし在来の良食味のエダマメ系統を広く見渡すと、完熟した種皮色が黒や緑のもの、タネが途絶えてしまったものなかには乳白色もあったそうです。家々で種取りをして選抜し、長い年月かけて育ててきた在来種だからこその多様性の豊かさ。

「だだちゃ豆など在来作物の研究をはじめたことで、実験科学を踏み台にして、書斎科学や野外科学の広い視野から社会的要請に応えて行かなければならないと強く思うようになりました。山形大学教授としての任期は、あと10年ほど。その残された時間のなかでやらなければならないことはまだまだたくさんあります」

最後にだだちゃ豆をつかった当店のレシピを紹介しておきます。
(次回は9月中旬の掲載予定)

江頭宏昌さんの活動の詳細は、Facebook「江頭宏昌」で検索

今月の旬菜メモ
だだちゃ豆

マメ科の一年草。平安時代の法令集「延喜式」(927年に編纂完了)の中に、天皇の食事を司った記録「内膳司」があり「生大豆六把」と記載されている。これがわが国最古の枝豆の記録ではないかと考えられている。

だだちゃ豆の祖先品種は江頭教授らの調査で江戸時代末期に新潟から山形県鶴岡へもたらされたと考えられている。

数ある品種で目を惹くのは小真木地区の五十嵐助右衛門、太田孝太親子がつくりだした枝豆で、時の酒井家当主忠篤へ献上したところ好評。「また小真木の『だだ=お父さん』の豆を食べたい」と発したことに「だだちゃ豆」の語源があると言い伝えられている。ここに由来する「小真木だだちゃ」は早生品種として商標だだちゃ豆の一品種になっている。

また鶴岡市白山の森屋初という女性が近隣からもらい受けた「娘茶豆」から変異系統を見つけ出し、1910年に「藤十郎だだちゃ」を育成。この品種がもととなり、現在の「白山だだちゃ」は生まれた。

ワインビストロのレシピ
だだちゃ豆のすりながし風、ガスパチョとだだちゃ豆のジュレ寄せ

食彩やまがた12カ月 葉月「だだちゃ豆」

① だだちゃ豆を塩もみしてよく洗う。鍋にたっぷりの水をはり、沸かしたところにだだちゃ豆を入れ3分ほど茹でる。茹で汁はあとで使うのでとっておく。豆をさやからはずし、薄皮もむく。豆はラップに包み冷蔵庫で保存。むいたさやと薄皮を茹で汁に戻し、10分ほど中火で煮出す。シノワなどで越し、煮詰めた茹で汁に白ワインを少々、塩をしっかり効いた塩梅まで加え、ゼラチンで固める。これをだだちゃ豆のジュレとする。

② ミニトマトか中玉トマト、きゅうり、玉ねぎ、桃など季節のフルーツ、外皮を切り落としたバケット、にんにくのかおりを移したエクストラヴァージンオリーブオイルと天然粗塩、水少々をミキサーでまわし、ガスパチョをつくる。

③ 盛りつける器は事前に冷蔵庫でよく冷やしておく。オカヒジキを塩茹でしてから急冷し、よく水分を切る。器に大さじ2のガスパチョ、7センチほどに切り落としたオカヒジキ、だだちゃ豆の順に盛りつけ、天然粗塩とエクストラヴァージンオリーブオイルをふりかけ、仕上げにだだちゃ豆のジュレを浮かべる。