学内外の活動の先に。山形で働くことを選んだ理由/長利咲代子さん
移住者の声
山形暮らしを楽しむ #山形移住者インタビュー のシリーズ。今回のゲストは長利咲代子さんです。
青森県藤崎町出身で、東北芸術工科大学への進学をきっかけに山形へ。建築・環境デザイン学科で学ぶ過程で大工を志すようになり、来年の春からは山形市の工務店での就職が決まっています。なぜ卒業後、地元でも東京でもなく、山形に残り働くことを選択したのか。4年間の学生生活を通じて体験したこと、山形暮らしについて感じたことについてうかがいました。
──大学進学で山形を選んだのはなぜですか?
高校生の頃は音大を目指していた時期もあったのですが、ある日ふと建築を学びたいという思いが芽生えて、進学先を探すことにしました。東北には残りたい気持ちがあり、東北の中で文系でも行ける建築学科を探していたところ、芸工大を見つけました。
パンフレットを取り寄せてみたところ、座学だけではなく、校外に出て木を伐採したり、施工したりと実践的な授業がありおもしろそうだったので、すぐに芸工大に行こうと決めました。元々手を動かすのが好きだったので、自分に合っていて楽しそうだなと思ったんです。
大学に入ってからは、ツリーハウスプロジェクトに没頭しました。山形県内に実際にツリーハウスをつくるプロジェクトで、震災をきかっけに生まれて今年で10年目を迎えます。
学生が主体となって現地調査から設計・施工まで手がけるのが特徴で、冬から春にかけて現地調査や測量、図面を書き、夏から秋に施工、完成後は1年の活動を冊子にまとめるというように、年間を通じて活動していました。大工を志すようになったのも、このプロジェクトでの経験が大きく影響していると思います。
──大工を志すなかで、山形に残り就職をしようと思ったのには、何かきっかけがあったのでしょうか?
芸工大ではツリーハウスプロジェクトのほか、志津温泉の雪旅籠のプロジェクト、学外では、リノベーションスクールやシネマ通りマルシェ、GREEN LOOP SENDAIなど活動する機会があり、そこで出会った先輩たちから影響を強く受けてきました。大学の先輩だけでなく、山形で働いている社会人の方たちとも接点が生まれ、建築家、大工、メディア、まちづくりのプロデュースを手がける人、飲食店のオーナーなど、いろんな業種の方々と関わらせていただきました。
みなさんが自分のやりたいことを実現していたり、とても楽しそうに働いていらっしゃる姿を見て、自分もこの街で先輩たちのように働いてみたいと思うようになりました。
山形に住みたいと強いこだわりがあったわけではありません。大学をきっかけに山形に住むことになり、この街で働く社会人のみなさんと出会い「私もこの街でこうやって働いてみたい」と思うようになった。私にとっては自然な流れでした。
姉が地元に住んで親のそばにいてくれるので、私は安心して自由に住む場所を選べること、そして山形が住みやすい街であることも、山形で暮らすことを決めた要因です。
──山形暮らしにはどんな魅力を感じているのでしょうか?
山形では4年間同じ居酒屋でバイトをしていたのですが、地元の人はみな温かく、人と仲良くなりやすい街だと思います。
街のサイズ感も大きすぎず小さすぎず自分に合っていたと思います。車があったほうが便利ですが、主に電動自転車で移動していて、徒歩と自転車でだいたいのことはまかなえます。ただ、車メインのまちづくりになっているので、歩くことが楽しめるエリアが増えていくといいなとは思います。
──学生や若者の都市部への流出が多いと言われる中で、長利さんも東京や首都圏での就職も選択肢として考えていたのでしょうか?
私は考えていませんでしたが、同じ学部の同級生では、就職で東京や関東を目指す人が多いかもしれません。ただ、一部の学生は、金沢や長野など他の地方都市に興味を持つ人もいて、東京を経由せずに山形から別の地方都市での就職を考えている人もいます。
私の周りには、新しいものをつくるよりも、あるものを活かしたり、古き良きものを大切にしたいという思いを持った学生が多い気がします。それも芸工大や活動の中で学んで培ってきた価値観だと思います。
──長利さんは大工を志し、地元の工務店に就職が決まったとのこと。どのようにして職場と出会ったのでしょうか?
大規模の会社よりも、社内で人とじっくり関わっていけそうな小規模な会社を探していました。大手の就活サイトではそのような会社はなかなかヒットしないし、自分で闇雲に探すには数が多すぎる。
そこで、現場をよく知る先輩に聞くのが一番いいと思い、山形で大工をしている先輩に相談して山形のいい工務店を教えていただきました。3社ほど候補をいただき、すべて足を運びました。
内定をいただいた会社は家族経営の工務店で、コミュニケーションを大切にしながら自社で設計も施工も行っており、自分の関心と近いと感じました。住宅をつくる際は、すべてを規格品に頼ることなく、道具を使って素材を加工するなど、手仕事を大切にされているのもいいなと思いました。
その会社はそもそも新卒募集をしていなかったのですが、アポをとると、会社見学のほか現場にも連れて行っていただき、その後2週間ほどインターンをして就職したいと相談をしたら、内定をいただくことができました。
──ネット上では会社が募集をかけていない限り出会えない中で、人との繋がりから情報をもらい、自分に合う会社を見つけられたということですね。積極的に学内外で活動していたからこそ開けた道であり、人と人との距離が近いローカルならではの就活スタイルかもしれませんね。
自分としてはネットで情報を集めて就活をするよりも、足を動かして人との繋がりから探していくほうが気持ちが楽でした。
先輩から教えていただいたリストのほかにも、インターンの申込みも含めてこれまで10社ほどにコンタクトをとりました。口利きはなく、すべて自分で問い合わせたのですが、そのほとんどが新卒採用の募集をかけていなかったのにもかかわらず、快く迎え入れていただけました。
しっかり準備をして問合せをすれば、だいたいの会社には面談や見学などに応えていただけると思うので、大切なのはいかに企業の存在を知っていくかだと思います。
──これからやりたいことは?
同じ学部の同級生には山形が好きな子が多く、いったんは東京や関東の設計事務所に就職するけど、将来的には独立して山形に戻って来て、何かおもしろいことができたらいいねと話しています。私はその言葉を信じていて、それぞれがスキルや専門性を磨いて、また山形に集まりみんなでお店をつくったり、なにかおもしろいことがしたい。そのときは私は大工として貢献したいと思っています。
在学中はなぜ建築の道に進んだのかをずっと自分に問いかけてきました。私はおそらく建物自体よりも“空間”が好きなのだと思います。囲まれた空気や体感としての建築です。自分が一番好きな建築物は、母校の中学校。すごく温かみがある校舎で、居心地がいい空間でした。住居と店舗など、生活圏内にある身近な空間をはじめ、いつかは学校をつくってみたいという思いもあります。山形で施工を学びながら、少しづつ成長していきたいです。
写真提供:長利咲代子さん
取材・文:中島彩