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食彩やまがた12カ月 師走「蕎麦」

地域の連載

2020.12.28

 このコーナーでは今が旬のやまがたの食材にフォーカス。その天の恵みを育んだ風土や歴史、ひとの営みにも手をのばしていきたいと思います。

食彩やまがた12カ月 師走「蕎麦」

 ジャン=フランソワ・ミレー(18141875年)の『種まく人』といえば、その作名から絵柄が思い浮かぶ人も多いかと思います。農民画家と呼ばれ、19世紀中盤のフランスの畑のいとなみを活描したミレーには『蕎麦の収穫、夏』という未完の遺作があります。ところはオーベルニュ地方という中間山地、夏の終わりの涼しくなりはじめた時期のこと。蕎麦の収穫の一連の作業にはげむ大人たちとそのまわりで遊ぶ子どもや犬など、素朴にして勤勉なさまが描かれています。

 ミレーがモチーフに選んだように蕎麦は国際食。ただこの雑穀をもとに「蕎麦切り」という高度な技術を要するプロセスを経て、いちど茹でた蕎麦をさらに冷水でしめて供するという手間のかけようは日本で育まれたこと。そして山形は国内有数の蕎麦どころに挙げられています。今回はそんなお話し。

 山形の蕎麦、その魅力にはふたつの特色があります。

自家栽培の蕎麦を農家が来客のもてなしとして振る舞った伝統的日本のファーム・トゥ・テーブル

徳川期の江戸にルーツをもつ修業をつんだ職人による町場の蕎麦屋スタイル

 山形の蕎麦の充実は両者それぞれが研鑽にはげみ、農村と都市の地域特性を活かしたすみわけが確立、しかしどこか共振しているところにあります。まずは農家式の蕎麦についてみていきましょう。

 かつて山形は江戸時代中期から200年以上つづく葉タバコの一大生産地でした。その収穫を終え、つぎの栽培をはじめるまでの裏作につくられたのが蕎麦。「蕎」の文字は古代中国で驚きをあらわす発音の当て字という説があります。蕎麦はほかの雑草でさえ追いつかないほど成長スピードが早く、短期間に収穫できます。また肥料なしでの栽培も可能のため、農家にとっては手間いらずのありがたい作物なのです。

 そして古くからの農家では耕具や蓑やわらじといった装備品、野菜やタンパク源となる鶏などを自給自足でまかなっていました。「モノづくり」といえば高度成長期以降の「Made in Japan」を刻む工業製品を思い浮かべがちですが、日本のモノづくりの真価は中世からはじまる農村のいとなみにあるのです。「食」もそのなかにふくまれます。畑で採れた蕎麦を手打ちにし、庭に育つ鶏や山菜など自家製、自家採集のもので来客をもてなす。それは家々の味=技術を披露する機会であり、その積み重ねが蕎麦屋の暖簾を出すまでに発展していきます。

 こうした農村のモノづくりの精神を感じさせてくれるが「山形そば街道」の店々。「最上川三難所そば街道」を起点に県内各地に展開する「そば街道」は食味のすばらしさはもとより、地域おこし・ブランド戦略の成功例としても高く評価されています。

 古くからの農家の生活様式をいまに伝える蕎麦店にあるのが郷愁、ノスタルジーだとするならば、いっぽうの町場の店に漂うのは粋。かつて世界最大の都市であった江戸=高度に発達した市場経済の地で競い合い、発達した職人技はその技術の習得とともに粋の精神をあふれています。

「東日本大震災発生の翌日には店を開けました。停電のつづくなかでのことでしたが、山形市内に2軒ある店の一方ではガスが使えた。もうひとつでは水道管が壊れずに済みました。ならばガスの使える店に水を運べば、営業できるじゃないか。明治以前の電気のなかったころから、そば打ちはつづいているわけですから(笑)」

 と語るのは、創業150年を超える山形市内の老舗「そば処 庄司屋」5代目店主の庄司信彦さん(46歳)。ここで庄司さんが語るのは蕎麦屋は町のインフラのひとつであり、いついかなる状況でも暖簾をかかげることで、人々の空腹やこころの乾きを満たすことができるはず、という意気がり=粋の精神。

 庄司さんのような町場の蕎麦職人たちは、ふたつのエポックメイクをもたらしました。1984年にお披露目された「寒ざらしそば」、2007年に商標登録された「天保そば」のことです。「寒ざらしそば」は古文書に書かれた江戸時代の製粉処理工程を再現する試み。「天保そば」は福島県の民家に160年眠っていた蕎麦の実を発芽育成させ、製麺化に成功させたもの。どちらも製粉所と蕎麦屋の職人たちが集い、知恵と技術を出しあい生み出した心意気のたまもの。それぞれの詳細を記したサイトのリンクを以下に貼っておきます。ぜひご覧になってください。

 また庄司さん自身は東京荻窪の名店「本むら庵」と同店の米ニューヨーク店などで異なる粉、水質、気候のなかで蕎麦打ちに励み、さまざまな嗜好のお客をなっとくさせる一杯をつくりつづけてきました。山形へ戻り、家業を継いでからは暖簾を守るとともに、愛好家や初心者向けの蕎麦打ち教室を20年近く開催しています。そこにあるのは意気投合する同好の士たちとの意気揚々としたひと時

 はなしは変わり、先史以前の悠久の古代へ。世界最古の麺は中国青海省回族土属自治県の遺跡から発見されました。それは約4000年前のもの。アワやキビをつかったその古代麺は渦巻き状に丸められ、お椀のなかに供えられていました。研究の結果、植物の根をシンボル化したものであり、収穫をもたらしてくれる大地への畏敬をあらわしているのだと。

 冒頭に述べたミレーの絵画が描かれたフランスをはじめ、蕎麦は広く世界に伝播しています。しかしその多くはクレープや団子にして食べられています。小麦粉の麺は中国、韓国、イタリアなどにありますが、ほとんどが穴の空いた容器につめて、ところてんのように押し出す丸い麺。包丁で蕎麦を切り出すという製麺法は日本特有の文化なのです。

食彩やまがた12カ月 師走「蕎麦」

 包丁をはじめとする刃物をつくる鍛冶職人の最後の作業工程「焼き入れ」は、魂を注入することとされています。日本の食卓や料理店の客席に刃物が持ち出されることはまずありません。いっぽう西洋のダイニングではフォークとともにナイフが銘々に渡されます。これは王侯貴族の狩猟に原点をもつヨーロッパの食文化との相違。ハンターでもあった食卓に顔を並べる諸侯にとって、ナイフは器用に使いこなすツール。それに対して魂を宿した日本の刃物には外界(自然)と内界(家)を分断するという儀式性があり、台所や厨房の外には出さないという風習がありました。こうした古くからの日本人の精神世界にも、蕎麦切りの意味あいがあるのです。

 また比叡山延暦寺には室町時代からつづく千日回峰行という修行があります。これは7年かけて4万キロを踏破するという荒行で、その準備段階となる「前行」では100日間の五縠断ちがおこなわれます。それは米、大麦、小麦、大豆、小豆に加えて塩も断ち、生の蕎麦だけで行を積むというもの。これには蕎麦の栄養価値の高さと生食可能という生理的特長を物語るとともに、密教の世界で蕎麦は「水気」の作物で生命を孕む胎動のシンボルとみなされてきたことを意味します。

 古くから信心のそばにあった蕎麦、大衆のものになった江戸時代になっても毎月末日に食べる「晦日そば」の風習がありました。晦日が1231日だけになっても、大晦日の年越し蕎麦はいまにつづいています。諸説ありますが、蕎麦は旧年の災厄を断ち切る邪気祓いの縁起物とみなされています。明くる年がみなさまにとって穏やかな日々が息長くつづきますように。

食彩やまがた12カ月 師走「蕎麦」

 本文中に紹介した「寒ざらしそば」「天保そば」、そしてお話しいただいた庄司さんが店主を務める「そば処 庄司屋」に関する情報は以下のリンクから。また最後に蕎麦粉をつかった当店のレシピを別掲します。

山めん寒ざらしそば(山形麺類飲食生活衛生同業組合HP
http://www.yamagata-men.com/yamamen

幻の山形天保そば保存会HP
http://tenpousoba.com

そば処 庄司屋HP
https://www.shojiya.jp

参考文献『そば学 Sobalogy 食品科学から民俗学まで』(井上直人著、柴田書店刊)、『農と食の王国シリーズ そば&まちづくり』(鈴木克也編著、エコハ出版刊)

今月の旬菜メモ
蕎麦

 タデ科ソバ族の一年草。長江上流、メコン川上流、サルウィン川上流の中国三江並流地域がソバ野生種の起源地とされている。

この地域は「南のシルクロード」と呼ばれる交易の道に接続、行き交う人々の携行食として伝播した。栽培は約4000年前と推定。日本では722年、元正天皇が蕎麦栽培を奨励する詔を勅したと記す『続日本紀』が最古の文献。蕎麦切りがはじめて記録にあらわれるのは、長野県木曽大桑村の定勝寺が1574年に書きつけた史料。また豊臣秀吉が大坂城築城の際、工夫たちに蕎麦をふるまったという逸話もある。町人文化が花開いた江戸中期の屋台引きが、こんにちの大衆に愛される蕎麦文化のルーツになった。

食彩やまがた12カ月 師走「蕎麦」

ワインビストロのレシピ
蕎麦粉のガレット、季節のフルーツやチーズ、生ハムとともに

そば粉50グラム、水170cc、塩ひとつまみをボウルでよく混ぜ、ひと晩冷蔵庫で寝かせる(ふたり分)。

よく熱してあたためたフライパンの中央部にボウル半量ぶんのガレットたねを静かに落とし、レードルなどで中央から周辺部へと円形を均一に広げる。中火以下でゆっくり焼き、焼き色がきれいについたらひっくり返して両面焼く。

盛りつけの皿などに移し、無塩バターを全面に塗る。別に用意した焼きリンゴ、柿のコンポート、柚皮のピール、ナッツやドライフルーツを敷き、メイプルシロップを軽くかける。ゴルゴンゾーラとリコッタチーズ、生ハムを散らし、仕上げに黒コショウとエキストラヴァージンオリーブオイルを振る。

四方を畳んで四角にするか、半分に折って半月型にするなど、お好みで。なかに包むものは季節のフルーツに生ハムなど塩気のあるものとチーズが基本。ほかはお好みのものをどうぞ。なおガレットはフランスブルターニュ地方の郷土食。ワイン王国フランスにあって寒冷なこの地はブドウよりもリンゴの栽培が盛ん。お酒もワインよりもリンゴの醸造酒シードルがお勧め。