福井駅前浪漫飛行5「純喫茶の遺伝子を受け継いで」カフェと雑貨35 小林直樹さん
福井の連載
福井駅前は、2024年の新幹線開通に向けて大きく姿を変えようとしています。連載「福井駅前浪漫飛行」では、福井駅前で日々を過ごし、店を営んできた人たちや、関わりを持つ人たちにお話しを伺いながら、このメタモルフォーゼを追いかけていきます。
繁華街の中に佇む一軒家カフェと雑貨35(ミーコ)
駅前の再開発事業の工事で立ち退くために閉店したお店がいくつかある。そのひとつである1軒の老舗純喫茶と不思議な縁を持つ青年が片町のはずれにいた。
自身も5年前からカフェを運営する小林直樹(こばやしなおき)さんだ。
福井駅から徒歩20分。小林さんのお店35(ミーコ)は片町のはずれにある。片町は福井県内随一の繁華街。今はコロナ禍で人出が減っているが、金曜日の夜はタクシーの列が並ぶ賑やかな夜のまちだ。35はそんな繁華街の一角にひっそりと佇む、一軒家のカフェと雑貨のお店である。
ガラガラと引き戸を開けると、一気に35の世界が広がった。5年間、コツコツと小林さんが築き上げてきた場所だ。
懐かしさを感じる玄関を入れば1階は雑貨とカフェスペース。青いじゅうたんの敷きつめられた階段を上がると2階には雑貨と本のスペースと畳の上にイスとテーブルが置かれた和洋折衷の空間が現れる。思わず「いいなあ、いいなあ」と何回も呟きながら、店内をぐるぐると心ゆくまでまわった。
老舗純喫茶から受け継いだもの
1階のカフェスペースで、お茶をしながら話を伺う。
クリームソーダとホットケーキを頼んだ。パンケーキではなくホットケーキと書かれているのが昔ながらの喫茶店というイメージがある。
「今日、牛久保さんが頼んだのは、ドンピシャで純喫茶のマスターから教えてもらったメニューです。バイトして初めて分かったのですが、ホットケーキとクリームソーダがすごくお客さんが選ばれる。2つともインスタ映えを迎合しているようで採用してなかったメニューなのですが、食わず嫌いだった自分の小ささを知り、即取入れさせてもらいました」
琥珀色のシロップをかけて一口ほおばる。バターとシロップで食べる素朴なホットケーキは優しくてなんだかホッとする味がした。
老舗純喫茶の閉店までの数日間の様子を小林さんが話してくれた。
「元々、町内がご一緒という繋がりで。この店をオープンする時に仕入れ先を教えて頂いたり、カフェ営業の難しさを教えていただいたり、本当にお世話になりました。閉店後に看板を片付けているとだいたい同じ時間に仕事が終わり、道端でよく『今日はどうやったー?』と、同業者の大先輩としてしょっちゅうお話させていただきました。僕は内にこもりがちな性格で福井では横の繋がりがほとんど無い人間なので、たまに愚痴を言いあえるありがたい存在でもありました。
純喫茶が閉店する最後の3日間はお手伝いさせていただいたんですが、閉店1週間くらい前からひっきりなしにお客さんがつめかけたそうです。
いつものように道端でお会いした時に、マスターが顔面蒼白になって『お店が混みすぎてもう限界や』と聞いて、咄嗟に『僕で良ければ最後お手伝いしますよ』って言うと、その場は大丈夫や何とか頑張るとおっしゃってたんですが、その日の夜中に扉がドンドンドン!と叩かれて『ごめん、やっぱ手伝ってくれ』と言われ、本当に手伝うことになりました。連日ご夫婦2人で100人近くさばいていたと思うので、飲食やってる人ならわかると思うけど、仕込を考えると寝る時間以外はほとんど全力疾走といった状況だったと思います。若い僕でも倒れてしまう。最後の3日間は1日180人位のお客さんが来店されて。もう戦場みたいでしたね」
振りかえればそれはとても貴重な時間だった。
「最後の姿を見れたのは価値のあることだったと思います。今でも情景が鮮明に刻まれています。ご夫婦で営んで、閉店する悔しさと、最後を乗り切りたいという職人としての姿勢と。ご主人の腕には腱鞘炎で包帯が巻かれていました。ご夫婦と僕と、娘さん(県外からかけつけてくれた)と同じようにヘルプで来た近所の飲食店の方と5人で、全力疾走で駆けぬけました。
誰よりも働いて疲れもピークのはずの奥さんは常にマスターと従業員に気を配り続け、ずっと励まして休憩を勧めて、この奥さんがいてマスターを支えて、一つの純喫茶が成り立っていたんだと、しみじみと感じました。
40年近くモーニングをやっているから週6日、朝6時くらいに出勤して、19時まで毎日働いていたと思います。飲食は人生そのものですからね、甘いもんじゃないですよ。僕は怖いくらいのものを感じました。言葉では言い表せないような40年だったんだと思います。喫茶店でも和紙職人さんでも定食屋でも、それこそ倉庫内整理を何十年している職人さんでも、ずっとひとつのことに注ぎ込んで来た人の、仕事に向かう姿勢ってすごい、人生そのものの重厚感を感じます。」
キッチンとカフェスペースの間から話してくれる小林さん。淡々としながらも言葉を選びながら丁寧にその時の様子を語ってくれた。メニューもそうだが、受け継いだものは小林さん自身の中にある。
優れた建築物は文化と土壌の生産拠点
駅前の再開発について思うことを聞いた。
「僕はアートと建築と旅が大好きで、若いころは建築を学び全ヨーロッパの150都市を一年かけて美術と建築行脚をしました。都市を巡るほど魅力的な都市には条件があることに気が付き、それは福井にはあるようで無いのでそこを補完していただければ嬉しいですね。
話が少しハードになりますが、不思議に思うのは、なぜ福井の駅前には腕のある有名建築家が建てた複合施設が無いのでしょうか? 魅力的な都市には腕のある建築家が建てた名建築が必ず存在して、それが何十年経っても文化的な資産となり観光の主力エンジンになっていると思います。建築は賞味期限のあるハコだから安くて適当なもので良いという発想はもう、本当に古いと思います。僕は愛すべき福井でそれはやって欲しくないな。
優れた建築は経済のみならず、文化と土壌をも生み出す生産拠点となりうると思います。
もうすぐ閉館してしまう文化会館にしてもそうだけど、あれだけの規模の建物がたった50数年で取り壊されるのは、本当に残念です。建築自身も可哀そうだし、関わる人も行き場を失う。駅前に何を作ったとしても100億円近く開発費がかかるのだったら、ちゃんとした建築家に頼んでたとえプラス2~30億円かけてでもしっかりとした建築を作っていただけると嬉しいです。 メンテナンス性を考えて100年以上持たせる改修工事を前提に、子や孫へ送る負債では無く資産となる建築を、福井を甦らせる不死鳥のような建築を駅前に立ててもいいんじゃないだろうか。その後の観光収入と中途半端な建築を作った時の取り壊し費用を考えれば、余剰開発費の回収は十分可能かと思います。
周遊性のある巨大複合施設で古い建築との繋がりもある建築の福井バージョンで福井の地元の飲食、工芸が入ったり、若者が新しいこと挑戦する店がたくさん入ってるような場所ができたら嬉しいかな。あと、美術館が駅前に出来て欲しい!もう切実に!」
本当は山ほど語りたいことがある。福井駅前のことを真剣に考えるからこそ、溢れ出てくる想いばかりだ。
記憶の欠片を拾った
「新しいまちに、よく聞くピカピカの大型ショッピングモールみたいな駅前に生まれ変わるんじゃなくて、先人たちが築き上げたものの、思いを少しでも残してくれると嬉しいです。
駅前にこれからいろんな店ができて、いろんな人が入ると思います。
僕もたった5年ですがお店をしていて、楽しいだけじゃないし、やめたいなと思ったことがたくさんある。でもここまでやっているからやらなきゃと思っています。
この春にもよく来てくれたお客さんが県外へ移住されたのですが、最後の別れの際に『ここがあって本当に良かった、いつでも帰ってこれる場所があるだけで嬉しい』と涙を目に浮かべながらサヨナラしました。今までも別れがあるたび、何度も同じ言葉を聞きました。そういう積み重なりで何とか辞めずにいるのかもしれない。
数少ないですがお客さんの居場所になっている。夢だから、憧れだからで継続できるっていうだけのものじゃないかな」
時代と共に場所は変わる。変わっていくけれど、あったものをなかったことにはしたくないし、そこにいたことを誇りにしてほしい。小林さんはもしかしたら先人たちの言葉を伝える翻訳者なのかもしれない。
「お手伝いしたあの喫茶店の遺伝子は入っていますね。こうやって語れば、僕自身が人として伝えられるからゼロにはならないと思っています」
屋号 | 35(ミーコ) |
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URL | |
住所 | 〒910-0023 福井県福井市順化2丁目9-17 |
備考 | 営業時間 土~月曜日 12:00‐19:00 |