蔵王で暮らしながら制作する/画家・小林舞香さん
移住者の声
東京生まれ東京育ちの画家が山形でアート制作の経験を積み、この土地に魅せられ、移住しようとしている。近年では記録的な大雪だった今年の冬。2021年1月から画家の小林舞香さんが蔵王の宿泊施設を渡り歩き、暮らしながら制作するプロジェクト「蔵王画家暮らし」が始まった。
「蔵王画家暮らし」ではアーティストが蔵王に滞在して創作活動を行うアーティスト・イン・レジデンスの実現を目指している。今回は小林さんが蔵王温泉の情報を発信しながら、その仕組みをつくっていく実証実験というわけだ。
そもそも小林さんが本プロジェクトに参画したのは、2020年10月の「シネマ通りシャッター壁画プロジェクト」がきっかけだった。七日町シネマ通りのシャッターの壁画制作を通じて山形に降り立ち制作に勤しんでいたところ、偶然にもその時期が「蔵王画家暮らし」の立ち上げと重なり、「蔵王でプロジェクトに参加してほしい」と声がかかった。
2つのプロジェクトを通じて地元の人々と交流を深め、仕事の足かがりをつくり、春からの移住に向けて動き始めている。
2月某日、プロジェクト実践中の小林さんをたずねて蔵王へ向かうと、白銀の世界に赤いワンピース姿の小林さんが現れた。ときには純粋な少女のように笑い、ときには冷静にアート事業と向き合うシャープな表情を見せる小林さん。50日間の蔵王ライフで感じていること、今後のビジョンについてお話をうかがった。
──七日町に描かれた映画の世界観に思わず見入ってしまいました。どのような経緯で七日町のシャッターに壁画を描くことになったのでしょうか。
画家として10年ほど活動し、その延長として壁画のお仕事もやってきたのですが、2019年から「壁画師」として活動していく決意をしました。そこで「全国どこにでも行くので、集客を呼びかけたいお店や商店街に無償で20件まで描きます」とSNSで告知したところ5000リツイートほど拡散され、全国各地からお問い合わせをいただきました。
その中で山形出身者の知人から「ぜひ山形で描いてほしいところがある」と連絡をいただき、尚美堂さんとのご縁をいただくことに。東北はこれまであまりご縁がなかった土地で、山形に来たのも初めてでした。
──壁画師として活動を始めたのはなぜですか?
これまで画家としてキャンバスに描くときは、アートコレクターや顧客の方を意識しながら描いてきました。だけど、それを10年繰り返して30歳を過ぎた頃から「自分は社会にどれくらい参加できているのか。社会とつながりながら絵を描くことはできないだろうか」と考えるようになっていきました。
そこで浮かんだのが「壁画」です。壁画では一人の顧客ではなく、公(おおやけ)を意識します。自分の世界観を一方的に提示するのではなく、「なにが街にあったらいいだろう?」と考えたり「あなたのお店の歴史を表現したい」と相談したり。街や誰かと“一緒につくっていく”感覚があります。
実際にシネマ通りでも商店街の理事会のみなさんからの「紅花や花笠も入れよう」などのご意見をもとに、私が知らない山形の魅力をみなさんに補っていただき作品化していきました。
──「蔵王画家暮らし」はどのように始まったのですか?
実はすごくいいタイミングだったんです。「蔵王画家暮らし」は市主導のプロジェクトで、コンセプトが完成し、どのアーティストにオファーするか検討していた時期にちょうど私が山形に滞在して壁画を描いており、市の担当の方から声をかけていただいた、という流れです。この偶然には本当に縁を感じました。
しかし今回は壁画を描くのとは違った角度のプロジェクト。アートで観光客を呼び込むのではなく「蔵王をアーティストが滞在しやすい温泉街にする」というミッションです。この事業のターゲットはアーティストであり、私がアーティストとして実験台となり、今後の事業の仕組みづくりに関わっていきます。
たくさんの人たちと一緒にひとつのゴールを目指すうえで、統一感が必要となります。だけど「蔵王温泉の人はこうだよね」とひとくくりにすることはできません。そこでそれぞれの施設の考え方を紐解く作業が必要だと思い、オーナーさんのインタビューシリーズを始めました。
フラットな立場の私から思いをうかがい、ひとつひとつの旅館やホテルの考えを分解していく。するとたくさんの個性の中に共通項を見つけたり、新しい組み合わせが生まれたり…と繰り返していくうちになにか統一感が見えてきたらいいなという狙いです。
SNSで日々情報発信しているのですが、県外だけでなく蔵王温泉街の人たちにたくさん見ていただいている感覚があります。温泉街の中でお互いに何を考えているかを知り、考えを共有できる機会になることも、この事業が秘めるひとつの可能性かもしれないと思っています。
※ホテルや旅館オーナーのみなさんへのインタビュー動画がYouTubeにて公開中。
インタビューを通じて、みなさんが地産地消のプライドがあり、一人一人が蔵王の土地を愛していらっしゃることを感じます。日本酒のおいしさや温泉、樹氷の景色の素晴らしさなどまっすぐの言葉で教えてくださるので、アーティストとしてそれを発信する力添えができないかと日々考えています。
宿泊施設とアートとの関係も新しい発見でした。実は旅館やホテルのオーナーのみなさんには絵が好きな方が多いんですよ。よく見るとアートで空間がうまく演出してあり、どこの施設にもアートへのこだわりや思いを感じました。
──今回の滞在を通じて、蔵王のどんなところに魅力を感じていますか?
東京生まれで東北に馴染みがない私からすれば、とにかく異国感がすごい。それは作品にも現れています。樹氷を見たとき、あたりは無音で「ここは火星かな?」と思ったんです。地元の人にとっての当たり前が私にとっては新鮮だし、描きたい絵が次々に湧いてくる環境です。
温泉街に暮らすという非日常な経験で、毎日温泉に浸かるのがこんなに体にいいんだと驚いています。蔵王ならではの強酸性の泉質でお肌がつるつるです。水がおいしいから、お酒もおいしい。野菜の質がいいせいか、きゅうりの漬物とかさりげない食事が驚くほどにおいしいですね。
そして、おもてなしの精神を強く感じます。これは蔵王だけでなく山形全体の話かもしれません。実は七日町の壁画プロジェクトのときも通りすがりの人に差し入れをいただいたり、近隣のお店の方に灯油ストーブを置いていただいたり。これまで壁画でいろんな地方を巡ってきましたが、こんなにも温かいおもてなしをいただいた土地はほかにありません。
──この春からは移住を決断されたとのこと。どのような思いがあるのでしょうか。
今回の事業やまちづくりにおいて、結果が出るまで一緒にやりきりたいと思っています。壁画師としても、まちづくりに参画するアーティストとしても、“東京からのお客さん”の意見ではなく、”山形の一員”として考えているという意思表示として移住を選択しました。
──大きな決断ですよね。
自分が求められていることを肌で感じられる場所にいたいんですよね。自分だけの作品を描くのとは違い、壁画やまちづくりは人とのつながりや温度感を感じられることが私にとっては重要。七日町や蔵王温泉街で触れた地元のみなさんのやさしさが移住の大きな後押しになりました。
──これから蔵王でやりたいことは?
まずはアーティストとして作品発表の場をつくりたいと思っています。ただギャラリーをつくるのではなく、蔵王ブランドを確立させる発表の場です。
これはアイディアの一例ですが、まちづくりを担う方々にカラーチャートをお見せして「どれが蔵王らしい色だと思いますか?」とヒアリングをし「蔵王カラーセット」をつくります。その絵具セットで描きあげた作品がギャラリーに並ぶことで、ゆるやかな統一感として蔵王の世界観を見せられたらいいなと思います。
蔵王カラーセットで全国を対象に絵画コンテストを開催したら蔵王のPRになり、入選した人たちが蔵王に来るきっかけにもなる。入選者には地酒のパッケージをつくれる権利などをつければ、地域の産業と連動しながら蔵王にチャンスを求めて人が集まるようになるかもしれません。
今回は冬の滞在で雪が舞うモノクロの美しい世界に包まれました。これから春になって蔵王が色づいていくのがすごく楽しみです。これからもこの新鮮な驚きや東京生まれの視点を生かしながら、さまざまな壁画や蔵王の景色を描いていけたらと思っています。
2月にはこのプロジェクトを終えますが、そこからが本格的なスタートです。みなさんに引き続き「蔵王画家暮らし」を見守っていただけたら嬉しいです。
取材・文:中島彩
写真:伊藤美香子