山形移住者インタビュー ものづくりは生き抜くちから/「アトリエスマイル」犬飼ともさん
移住者の声
#山形移住者インタビュー のシリーズ。今回のゲストは「アトリエスマイル」主宰の犬飼ともさんです。
2021年3月、山形市木の実町に子どもの美術教室「アトリエスマイル」がオープンしました。ここはお絵描きや工作など、子どもたちが自由にものづくりができる場所。犬飼さんが地元・山形にUターンして教室を開くまでの経緯やものづくりの可能性、アトリエスマイルに込める思いについてうかがいました。
被災地で感じた、子どもたちのクリエイティビティ
生まれは寒河江市、山形市内の高校に通って卒業後にグラフィックデザインの勉強をするために上京しました。その後7年間を東京で過ごし、途中から絵本作家を志してテレビ局で大道具のアルバイトをしながら絵本を描いて暮らしていました。振り返ると、その頃から「子どもと美術」が自分の活動テーマだったと思います。
2008年に家族の事情で東京からUターンすることになりました。山形で映像関係の仕事をするかたわら、海洋プラスチックゴミを使って作品をつくり、子どもたちにも同じようにゴミを使ったアートのワークショップをしていたところ、震災がおきました。
日本中に暗いニュースが流れ、不安で落ち込むばかりの日々。どうにか明るいニュースをつくれないかと考え、普段やっているワークショップを被災地でやれないかと思いつきました。被災地の子どもたちが周辺のがれきを使ってオブジェをつくれば、希望の光として日本を少しでも明るく照らせるのではないか、そう思ったんです。
震災の翌月には現地に飛び込み、住み込みでボランティアを始めました。拠点は、大規模避難所になっていた宮城県石巻市の渡波小学校。到着するまでは「現地の子どもたちが塞ぎ込んでいたら…」とすごく不安に思っていましたが、実際に会ってみると元気いっぱいで、がれきの山の中からいろんなものを引っ張り出して遊んでいました。その姿がたくましくて、驚かされるばかりでした。
すぐに子どもたちと仲良くなり、保護者のみなさんにも相談して、グランドに流れついたがれきゴミを集めてオブジェを作り始めました。活動は「ワタノハスマイル」と命名し、子どもたちといくつもの作品を生み出していきました。
いま振り返って見ても、被災地で生み出した作品は圧倒的におもしろいなと思います。あのときはゲーム機もおもちゃもなく、子どもたちは避難所に閉じ込められて退屈な毎日。だからこそ、自分で創造するという本来持っていたエネルギーが呼び起こされたのだと思います。
現代は物であふれていますが、物が減って少しくらい不便なほうが、人間本来の能力は高まるのかもしれませんね。ワタノハスマイルでは、大切なことをたくさんを学ばせてもらいました。
ふるさと山形での開校を決意
ワタノハスマイルの活動を通じて、日本全国でワークショップを開催したり、イタリアで展示を行ったりしました。震災から5年の月日が経った頃、ひとつの区切りとして東北から離れ、展示の活動でご縁があった北海道で子どもとアートの活動をするようになりました。かねてから震災10年目の年は東北に戻ろうと決めていて、2021年に地元の山形で子どもの美術教室を開くことにしました。
山形で教室を開くことは、僕にとっては大きな挑戦でした。この計画は2年ほど前から考えていたのですが、特殊な教室なので山形よりも仙台のほうが需要があるかもしれないと迷っていて。その矢先にコロナがやってきました。そこで「ふるさとに帰りたい」と強く思ったんです。
失敗なんてものはない。僕にとっては、チャレンジしないことが一番の失敗。うまくいくかわからないけど、山形でやってみようと。理屈では語れない、衝動的な思いでした。
開校の準備のため、2020年11月に札幌から山形へUターンしました。久しぶりに山形に戻って来たときは嬉しかったですね。やっぱり僕にはここがしっくりくるなぁと感じています。
アトリエの家具はすべて手作りで、冬の間に一人でコツコツとつくっていきました。つくったものには気持ちが宿ると考えています。この家具たちはすごく穏やかな気持ちで制作したので、ここの教室自体も平和な空間になり、子どもたちがのびのびと制作できるようにと願いを込めています。
ひとつでもいい。好きなことを見つけてほしい
こうして2021年3月に「アトリエスマイル」をオープンしました。オープンして3ヶ月、想定よりもたくさんの生徒が集まってくれています。ワタノハスマイルの活動を知ってくださっていた親御さんもいらっしゃったようです。
キッズコース、ジュニアコース、中高生コースと3コースに分かれていて、授業は週1回、月に3回。プログラムの内容は毎週変わります。これまで人気だったのは、食べれないお弁当づくり。ほかにも、日本酒の一升瓶のスケッチや、油性ペンとエタノールでつくるハンカチの模様付け、絵や写真を使ったコラージュなど、コースによって授業の内容は異なり、使う材料もさまざまです。
プログラムの内容は、常にアイディアを考えています。まちを歩いていて目に入ったもので「あ、これ授業に使えるんじゃないか?」とメモをしたり、とにかく四六時中アンテナを張っています。大変ですけど、おもしろいですよ。
さまざまなプログラムを通じて、子どもたちにはたくさんのことを経験してもらい、好きなことを見つけてほしいと思っています。
いまは夢を持ちづらい世の中になっていて、エネルギーがあるのにどこにもぶつけられずモヤモヤしている子どもが多いといいます。
好きなことがひとつでも見つかれば、エネルギーをそこに注ぐことができるし、好きなことを大人になるまで続けられて、将来的にそれが社会に役立てられたら、なお良しです。この教室ではそのきっかけづくりができればと思っています。
そのためには、とにかく楽しむことが大切。授業では僕からお題を出しますが、自分で考えて、やりたいように手を動かしてもらいます。お題を自分なりに解釈してオリジナリティーを出しはじめたら、そこを褒めていきます。
ここはアートの技術を勉強する場所ではないので、細かく指導することはありません。考えるきっかけを提供して、自由につくる様子を見守るのが僕の役割だと思っています。
ものづくり=生き抜く力
AI時代に入り、この先20年後にいまの仕事の半分くらいはなくなっていくと言われています。代わりに必要になってくるのは「新しいアイディアを出す力」「変化に適応して前向きにチャレンジしていく力」。それはイコール、ものづくり。まさにものづくりは、生きるたくましさに直結していくと信じています。
石巻のワタノハスマイルの活動から10年の月日が経過しました。一緒に活動していた子達の中には20歳を過ぎた子もいますが、いまでも交流があり、親戚みたいな関係になっています。彼らと話していると、10年前の当時伝えたかったことが現在にいきていて、自分の活動は間違っていなかったと思える。それがアトリエスマイルをやる自信につながっています。
目標は子どもの美術教室をおじいちゃんになるまで続けることです。おもしろい授業を考えて、準備して、授業をして、一緒にいい時間を過ごして、子どもたちは「またね!」と帰っていく。それを手を抜くことなく、繰り返すだけ。いつでも子どもの居場所になれるよう、これからもひたすらに続けていきたいと思っています。
写真:伊藤美香子
取材・文:中島彩