【千葉】DIY図書館のある古民家シェアハウス 千葉県いすみ市に移住した三星千絵さん
初夏の風に田んぼの青々とした苗が揺れ、夜にはカエルの大合唱が響きわたる。そんな房総の地に、築140年の古民家シェアハウスと築80年の納屋を改装した小さな図書館がある。シェアハウス「星空の家」は、代々続いた庄屋の家を活用するかたちで2012年に誕生した。ゆったりとした共有スペースと5つの個室を持ち、畑や裏山のある大きな敷地からは広々とした田んぼが見渡せる。2014年末には、その隣に「星空の小さな図書館」が完成。今では地域の人々にも存在が知られ、週2日の開館日に合わせて、子どもからお年寄りまでが訪ねてくる。
このふたつの場所をつくったのは、東京でのOL生活を経て、2011年2月に千葉県いすみ市に単身移住した三星千絵さんだ。
「図書館つきの古民家シェアハウス」、そんな場所をどうしてつくろうと思ったのだろう。
千葉県内房の街、袖ケ浦市に生まれ育った三星さんは、大学卒業後に上京し、丸の内や銀座、表参道といった都心で仕事中心のOL生活を過ごした。
仕事は面白く、刺激に満ちた日々だったものの、当時は「楽しみはお金で買うもの」。次第に、三星さんの心に漠然とした息苦しさや「四季を感じる、自然に近い暮らしがしたい」という感情が芽生えていった。
そんなある日、休日を過ごしに出かけたいすみの自然に心惹かれ、さらには移住者をサポートするNPOとの出会いもあり、「ほぼ直感を頼りに」移住を決断。そうしていすみ市に移り住んで2年目に出会ったのが、この古民家物件だった。
「はじめは『ふーん』くらいだったんです。すでにリフォームされていてキレイだったものの、あまりに大きくて。その分、家賃も一人で住むには高かった。けれども、たまたま友人の暮らしていたシェアハウスを訪ねる機会があり、その楽しそうな様子に『これは田舎でもできるんじゃない?』と。一人暮らしでは使い切れなかった野菜も、数人で暮らせば無駄なく分け合えますし」
周りに声をかけると、ひとり、ふたりと入居希望者が集まり、三星さんはシェアハウスの立ち上げを決意する。過去に友人の家を訪ねたときの記憶だけを胸に、周囲を巻き込む行動力で準備を重ね、無事オープンへとこぎつけてしまったのだからすごい。
実際に暮らしてみた感想を三星さんに尋ねると、
「食材をはじめ、いろいろなものをシェアすることで『もったいない』と感じることが減りました。また、農業や酪農に従事する人、フリーランスの翻訳者など、異なるキャリアを持つ住人たちと毎日顔を合わせるので、さまざまな仕事の話を日々身近に聞くことができます。そのせいか、以前よりも社会のいろいろな出来事を自分にも関わることとして受け止められるようになりました。たくさんの人が行き交う都会にいた頃より、田舎での今の暮らしの方が、世の中の仕組みへの関心が増すなんて不思議ですよね」
シェアハウス「星空の家」は今年で4年目を迎える。口コミで存在を知られるようになった今では入居希望者も多く、ほぼ満室状態が続いているそうだ。
やがて、シェアハウスの運営や地域での活動を通して友人や知人の輪が広がっていくなか、三星さんの頭にあるアイデアが浮かぶ。
「住人たちがそこに暮らしているシェアハウスは、友人や近所の人がふらりと遊びに行きたいと思っても、なかなか気軽には訪ねにくい。それなら日を決めて誰でも気やすく訪ねられる場所をつくろうと思ったんです」
そんな場所として、子どもの頃から本好きだったという三星さんの頭に浮かんだのが、図書館だった。
そのアイデアを実現する場所となったのは、当時使われずに空いていた古い納屋。OL時代の退職金を活用して改装し、最大限のDIYと大工さんの協力により「星空の小さな図書館」は完成を迎えた。
「正直、心が折れそうになった瞬間もありました。長らく使われていなかった納屋は、錆びた古い農具、傷んだ布団など、あらゆる残留物の山で混沌とした状態。片づけても片づけても終わりが見えなくて……。なんとかやり遂げられたのは、もちろん周囲の協力もありますが、情熱や信念というより意地ですね。周りに大きく宣言した手前、後には引けなかったんです(笑)」
気になる総費用は、150万円以下。すべて自己資金で賄い、そのほとんどが、窓の取り付けや階段の設置といった、素人では難しい部分をお願いした大工さんへの施工費だったそう。「家具も本もいただきものばかり」だという。
現在、イベント参加などの特典がついた有料会員制度やわずかな物販コーナーはあるものの、「星空の小さな図書館」の入館料は誰でも無料。絵本やおもちゃと楽しく過ごしたい小さな子どもたち、家とは違った環境で勉強したい中高生、ゆっくりと読書を楽しみたい大人、他愛ないおしゃべりを楽しみたいお年寄りなど、ここでは誰でも歓迎だ。三星さんがこの場所を「直接利益を生む場にはしない」と決めたのは、「楽しみはお金で買うもの」だった、かつての生活への疑問と反動からかもしれない。
都会生活を長く経験した三星さんに、田舎暮らしの苦労はないのだろうか。
「いすみ市が移住者に優しい土地だというのもありますが、苦労は特にないですね。地域に溶け込むためには、素直にいろいろと教えてもらうことが大切。日々の回覧板や草刈りしながらの会話がここでは大事だったりします。よく言われる『土地のルール』も、自分から知ろうと努めれば、難しいことではありません。逆に、ここでの暮らしは、地域の方々の姿から自分や家族の『行く先』をイメージできます。子どもや親、お年寄りたちの姿。それらを日々間近に見られることの安心感は大きいです」
三星さんと同じように「自然に近い暮らし」を求めて移住しても、「想像と違った」「うまく馴染めない」と移住先を去る人は珍しくないが、静かに田舎暮らしを楽しむどころか、地域を巻き込み、移住からたった数年でシェアハウスや図書館をオープンしてしまった。彼女の楽しく暮らす秘訣は、どこにあるのだろう。
「変な理想を持たないようにしています。そして、何かをする前から『手伝って』と言わないこと。まず、始める。そうすると、見ている人が手助けしてくれたりします。もちろん、来ない日は来ない。それでいいんです。お返しするときも『何かをしてあげよう』ではなく『相手が求めてきたことに応える』ようにしています」
(写真:SHINICHI ARAKAWA/*印のあるものは除く)
〜この記事は、real localにもライターとして参加してくださっている磯木淳寛さんが主宰する「ライターインレジデンス『地方で書いて暮らすを学ぶ4日間、0円』」のプログラムを受講した方によって書かれました〜
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名称 | 「星空の家(シェアハウス)」、「星空の小さな図書館」 |
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URL | |
所在地 | 千葉県いすみ市能実969 |
営業時間 | 星空の小さな図書館 |
定休日 | 星空の小さな図書館 |
料金 | 入場無料 |