移住から移動へ
ローカルと都市のバッファ「富士見森のオフィス」
長野県諏訪郡富士見町に「森のオフィス」がある。移住人気の高い南八ヶ岳エリアにおいて数少ないテレワーク拠点だ。
オープンして約1年、施設を運営する津田さんに話しを伺った。
建物は長年空き家となっていた都内の小学校の保養所をオフィスへコンバージョンしたもの。長く水平なラインが強調される2層のモダンな外観、建物中央部は吹き抜けていて、周囲に等間隔で並ぶトラス状の構造体は内部空間の意匠としても美しい。
天井が高く穏やかな光が注ぐこの贅沢な場所が「コワーキングスペース」として使われている。会員登録することで1日から使用可能だ。周囲には、本棚やロッカー、映像系の利用者を想定した4K対応のモニターが設置された会議室、シャワー室、食堂、キッチンなどが配置されている。
2階には個室が8室。それぞれバルコニーもあり南側居室からは南アルプスが眺望できる。現在7社の企業が入居していて、現在募集中の部屋は退去に伴う一室のみ。そしてコワーキングスペースの登録会員は既に80名近くになっているそうだ。都心部以外のシェアオフィスとしては驚くべき稼働率である。
取材中にお昼時を迎えると、お弁当を抱えた利用者が食堂に集まってきた。別々の組織に属する人やフリーランスの人たちが同じ時間と空間を都会から離れた富士見町の森で共有している様子に違和感はない。
津田さん自身も移住者だ。週3日間は東京の会社で働き、富士見にいる時は経営者として自らの仕事を行っている。二拠点生活と二種類の仕事が並行している。
「効率や生産性という視点だけでテレワークをとらえずに、ヒトにフォーカスすべき」と津田さんは話す。「物理的に異なる環境で働くことで、他分野のヒトに出会え、刺激を受け、モチベーションが上がる」と考えている。
例えば、森のオフィスでは開設して半年で新たに会社が生まれた。サテライトオフィスとして入居していたコンサル、地域通貨、web制作と異なる事業を運営する企業が共同で、「富士見森のエネルギー株式会社」を設立した。
他業種間で比較的密度の高い交流が可能な共同体からこうした動きが始まることはある意味必然なのかもしれない。
「会社から個人化、プロジェクト化が進み、能力ベースで人が集まり繋がっていくといい」と話す津田さんの思いがここで形になっていく。
また、地域との繋がりをつくる試みとして、定期的に相談会を開催している。地域住民の困ったこと、それこそスマホの使い方からホームページの作り方まで。ITやクリエイティブ関連が多い入居者は、そのお返しに採れたての野菜がいただけたりするらしい。
取材の最後に、津田さんは「移住ではなく移動」という表現を使った。確かに移住という言葉には定住、終の住処的なニュアンスが含まれているように感じる。特に都市ではない田舎へ移るときは、生活や仕事の変化に対して一大決意が必要だ。今日が初日というコワーキングスペースのある利用者は、八ヶ岳南麓に移住を決めた理由を「富士見森のオフィス」の存在だと言った。
ここは都市とローカルをつなぐバッファに違いない。