独創的モノやコトが生まれてくる可能性はローカルにこそある
南アルプス北麓のデザインユニット、アトリエヨクトの記録 02. Dals Långed
古川は一筋縄ではいかない人だ。実際、急な決断だったため語学力が不十分という理由で大学への入学は諦め、基礎技術を学ぶプレスクールに入学することにした。しかし、その1ヶ月ほど後、古川の高度なモノづくりの技術に驚いた教師は「お前はなぜ、ここにいるのだ」と言って直ちに大学入学の許可を出した。
古川は、北欧で学んだ時代について「据わりが良かった」と言う。デザインとアートの境がないこと、デザインとモノづくりが一体化していること、デザインに時間がかけられること、デザインとビジネスの関係性が明快なこと、家具会社と一緒に商品づくりができること、極めて実践的で合理的な学習の日々だったと述懐する。「じっくりと考えて、作って、試して、フィードバックする。これまで日本でできなかった、願い続けたプロセスを日常的に行うことができた」と古川は言う。
「日本で感じていた据わりの悪さの理由は、手段が目的となっていることだと気が付いた。ここにいると、手段は目的のために存在していることは自明だった」
一方、佐藤は、古川と同じSTENEBY校のテキスタイル科のフリースタンディングコースで子育てをしながら1年間学ぶこととなった。実は、数多くの人の手を必要とし様々な制約がある建築という仕事に歯がゆさを感じ、己の手ひとつで完結できる、以前から興味のあったテキスタイルを一度学んでみたいという思いがあったのだ。
大学在学中に子を産み育てながら学ぶということがひとつの選択肢として特別なことではないこの国では、同じように幼い子を育てる学生が数人いたこともあって、スウェーデン人の子育てを身近に感じながら育てることができた。
また、社会のインフラが子育てを前提としていて公共バスもベビーカーのまま乗り込め移動の制約が少ないことをはじめ、子供も一人の人間として平等に扱う意識や、社会全体で子どもを育てる感覚があり、子育てのストレスを感じることがなかったと言う。
それに食材も安心して選べること、スーパーの棚に並ぶ商品に余分なものがない、クォリティを高めて商品種を絞ることで環境負荷を減らす、そんな日常に先進性を覚えた。
古川と佐藤は、30代でスウェーデンの大学に入学したことになる。日本の社会では多くの人が特定の年齢で一つの大学に入った後、一つの会社で勤め上げる。しかしスウェーデンでは、その人がその人らしく生きられる社会を志向していて、いくつになっても大学に入り直して学習し、別の職種で再度社会に戻っていく、特別ではなく普通に行われている。現に古川が通っていた大学の同級生も20代から40代以上と幅広い年齢層で、人種や国籍も多様だった。
古川が日本で据わりの悪い状態に抗ってきた行為、スウェーデンではきっとより多くの人たちが抗うのだろう、それが結果的に合理性、必然性に富んだ社会へ近付ける理由なのかもしれない。社会が硬直化して停滞する前兆は、据わりの悪さを据わりの悪いまま受け入れてしまう物分かりの良い社会そのものにあるのではないかと思う。だからこそ何度でも自分の職業を変えたり新しいことに向き合うことができる基盤と風土と理解が存在する社会には羨望を禁じえない。
しかし、佐藤は「だからこそ日本の可能性を強く感じるようになった」と言う。
古川は大学卒業後も帰国せずヨーテボリに移り、友人と作業場をシェアしながら、家具メーカーと仕事をしたりしていた。しかしビザの取得が簡単ではないことに加えて、スウェーデン人の合理的すぎるとも思える考え方に対して、時に目的と手段がひっくり返ることもある不器用にも見える日本のモノづくりに潜む、情緒性とか潤い、感性、言葉で説明できない本質的な何かを尊重する素晴らしさ、とりわけ古来日本人が持っていた文化や美意識を再認識することも多くなっていた。
古川は、これまでを受身的な人生だったと言う。「自分が本当にやりたいことを選んだわけではなく見つからなかった。でも今は分かる。大量生産ではない、かといって一点ものでもない、プロダクトデザイナーとアーティストの間のどこかでありたい。これが日本にいた時は言葉にできなかった。スウェーデンに行ったことで気が付けた」そして「デザインのあり方の違い、深いところに取り組めたり、デザイナーと企業が同じ立ち位置にいることで、デザイナーが単純な受託者という選択しかできないわけではないことがよく分かった」と古川は言う。
古川と佐藤は日本に戻ろうと思った。
→03.HOKUTO に続く
屋号 | アトリエヨクト |
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URL | https://www.a-yocto.jp |
住所 | 北杜市白州町横手757-1 |
備考 | ショールーム来場の際は事前にメールにて予約が必要 この夏のアトリエヨクト展示会と参加イベント 「アトリエヨクト Pop-up Store in Gallery Trax」 「ハウスのハウス展 2017 on the river」 「旅するヨクト展2017-mastue(仮)」 |