小倉ヒラクさん
発酵デザイナーはローカルを目指す、そして菌になる
D&DEPARTMENT PROJECTが東京・渋谷のd47 MUSEUMで開催中の「NIPPONの47人 2017」展をreal localが独自の取材で深堀りします! 地域のライターが、地元の出展者を取材するスタイル。こちらは南八ヶ岳チームによる山梨在住の“発酵デザイナー”、小倉ヒラクさんのインタビューです。
*d47 MUSEUM「NIPPONの47人 2017 これからの暮らしかた – Off-Grid Life –」のサイトはこちら
水や土、風、広い土地を求めてヒトはローカルを目指す。発酵デザイナーはそれらに加えて菌を求めて菌になるために山梨にやってきた。
小倉ヒラクは、文化人類学を学び、生物学の研究者でありデザイナーという特異な経歴の人でなにしろパンクなのだ。だから、ローカルの必然性や多様性を文化的、生物学的視点で捉えてデザインによって可視化するコトがパンクにできてしまう。発酵と出会うきっかけとなった五味醤油さんとの仕事もそうだ。
「手前みそのうた」や「手前みそづくりワークショップ」は、その軽快さと自由に楽曲を使えるというグレイトフル・デッドのライブのようなフリー感で全国に発酵ムーブメントをまき起こした。著書の『発酵文化人類学』 (発行/木楽舎) ではそんなヒラクワールドが奔放に展開されていて、楽しく発酵の知識が身につき、同時に人生や社会に対する洞察や示唆も散りばめられている。きっと小倉ヒラクにしか表現できないものだ。
なにしろ聞きたいことだらけだった。まずは「風土性」について質問するとリチャード・ドーキンスという生物学者が提唱するデザインとデザイノイドという概念について説明してくれた。
「カメラのレンズと昆虫の眼は同じ仕組み。カメラのレンズはデザイン。昆虫の眼はデザイノイド。何が違うかというと、デザインは目的を持ってデザインをするデザイナーがいる。それに対して昆虫の眼は誰もデザインしたヤツはいない。ある種自律的に選択的淘汰を繰り返していて、いつの間にか勝手にそういう風なものになっていた。目的がなく淘汰をくぐり抜けてきたものが何かしら機能を持っていた。生命が自律的に自分自身にデザインを施していく。これがデザイノイド」
短絡的で浅い理解で恐縮だが、小倉ヒラクはきっと「デザイノイド」だ。デザイナーとして巡り合った発酵・微生物世界に迷いなく飛び込む行為、これが目的を持ってなされたというよりは、自律的選択淘汰の過程で「いつのまにかそういう風なものになっていた」のではなかろうか。もちろんデザイナーとして飛び込んだ後にあるいは同時に「デザイン」をしている。同じ著書にも書かれているが「微生物」の巨大な市場規模や競合のないブルーオーシャンな事業の可能性についてあらかじめ慎重に検討を重ねた挙句の決断だとも捉えられる隙のない後付け、それがヒラク流デザイノイドとデザインの絶妙なバランス感なのではないかと思った。ただし、そもそもデザイナーという職能にある種の虚業感を感じていたと言う。
「物理的に存在していたり何百年も前からあったりするもの、もうちょっと社会とか世界の本質を知れるような、且つ自分が夢中になれるようなものが欲しいと思ってきていて。だから、発酵の仕事にフルコミットして微生物の世界に飛び込むんだ!と言ったことで、自分がどんな立場に立脚してその世界を見るかという軸を得たようで、すごくしっくりきたんですよね」
微生物という軸ができたことで小倉ヒラクの活動は加速していく。大学の醸造学研究室で研究生として学びを始め、新種のカビを発見する、という野望を抱くようになる。こうなると東京にいる理由はなく移住は必至となっていった。
「微生物の世界に必要なものが都会になさすぎるんですよね。水とか土とか風とか、あと広い場所とか、もちろん菌も。やっぱり東京を離れるしかないと思ってここに来ました」
小倉ヒラクは発酵の仕事で全国を回るようになってローカルの潜在力を強く実感していた。都会ではお金にしか投資できないが、ローカルではインフラに投資してそれを手に入れることができる。ある意味自分が自由に使える領地を持つことが可能なのだと。独創的な活動をしている人がローカルには多数存在する理由のひとつはそこではないのかと考えている。
小倉ヒラクは、山梨県の東端にある大菩薩嶺の麓の家を手に入れた。ちょうど小倉家は新しい命を授かった時期でもあり、東京での保活に絶望していたライターの奥さんも移住モードだった。標高750mの高地に建つ家は築約60年の民家で屋根裏に養蚕小屋があった。高台からの眺望は圧巻で眼下にブドウ畑が連なる風景が望める。新種のカビを発見するためには申し分のない家だ。
「仕事に詰まったら、ぶどう畑に入ってずっとぶどうを見てるか、ワイナリーに行ってワインの仕込みのところとかで醸造家と世間話しをしたりとか、そういうことずっとしていて、あとはお味噌屋さんにいって味噌の蔵に入ったり。東京ではできないから、僕にとってはこっちの方が自分の仕事と密接で自然なんですよね」
しかし、家は年相応に傷んでいた。それに床がなく、野生動物も侵入してくる。奥さんが出産のため3か月里帰りしている間に近所の人や知人の助けを借りながらほぼ自力で改修工事を行った。屋根裏を居室とし、必要ない間仕切りを撤去し、屋根の直下に断熱材を入れ、西粟倉と奥多摩から取り寄せた板材で床を張り、室内を白と黒で塗装した。玄関からまっすぐ伸びる廊下の先には広い空間が出来上がった。南は縁側で北側に微生物の培養設備が置かれている。東のダイニングキッチンはコンパクトで機能的な空間で床にはtoolboxのクッションフロアが採用されていた。(ありがとうございます!) 日当たりのいい広い縁側は夫婦二人のワークスペースだ。目下の課題は冬の熱源だと言う。標高が高く冬はかなり冷え込むエリアにもかかわらず、暮らし始めて過ごした2回の冬は石油ストーブでなんとか乗りきった。しかし今年はペレットストーブを導入したいと計画している。計画といえば、並行して小倉ヒラクの次なる野望の実現に向けてプロジェクトが進んでいる。
「セルフビルドでバイオラボを山梨の山の中に建てて、インディペンデントな研究者として新種のカビを見つけて、菌類の学会雑誌に新しい菌類の発見者として自分の名前を載せたい!」
なんかすごい。
「3年くらいかかると思うんですけど、新種のカビを見つけるプロジェクトを今年の秋から始めようと思っていて。バカみたいなことをやるんですよ!」
ところで新種のカビを発見する、ということは経済的な活動に寄与するのかと、そうでなければ他の仕事と並行して行うのかと質問した。
「直接的に経済的なメリットはないです、無意味だからこそ面白いなと思う。ただ僕のビジネス勘では、やっている過程できっと新しい仕事がどんどん発生すると思っています。お金を稼ぐことを別にやると時間がもったいないじゃないですか。僕が個人的に研究したものを可視化していくことそのもので、何か実際のマネタイズが行われていくような仕組みを考えようと思っています。そのプラットホームとしてFintech(フィナンシャル・テクノロジー)やソーシャルのプラットフォームが有効かもしれない。そうすると自分の暮らしそのものをある種ビジネス化していくことができるのかもしれません。それはそれで大変なのかもしれないけど」
小倉ヒラクの真骨頂に触れた気がした。デザイノイド的必然性、つまりまっすぐに突き進みたいのだ。一方で、収益を得るという経済活動と自分が欲していることと矛盾なく調和するそんな基盤をデザインしようとしている。やりたいこと、やるべきこと、それらは経済活動と無縁ではないことをよく知っているのだ。
小倉ヒラクは微生物を研究しながら自ら微生物のようにローカルの風土に根ざすことを始めている。それは地域性、風土性にデザイノイド的な面白さを感じているからに他ならない。
「人間が、こういう味のものを作りたいといって商品開発をする食品会社のマーケティング理論とは全く逆で、そこにたまたまこういう菌がいて、こういう食べ物があって、こういう制約があるというところから必然的に着地しているのが発酵。必然的に着地しているけど普遍性がない、その面白さが最高なんですよね」
生物学、文化人類学、デザインという水平の軸があってこそ理解し、つなぎ、言語化し、可視化できる。小倉ヒラクの話はミクロからマクロへ瞬間的に飛躍する。
「必然性と普遍性ってセットじゃないと思っているんですよ。必然性を極めていくとエコロジカル・ニッチ(生態的地位)の集合体、つまり多様性に向かっていくと思っていて、風土の中で、変な発酵食品、例えば『碁石茶』とか『すんき』とか『くさや』は、その土地の中では必然性があるわけなんですよ。じゃそれが普遍的なものとして世界中に流通してみんな大好きかというと『臭すぎて食べられない!』みたいなことになるじゃないですか。エコロジカル・ニッチにおいての必然性というものは、そのローカルでしか通用しない価値かもしれない。でもそれでいい、それだから面白いと思っています」
必然性と普遍性と多様性については「発酵文化人類学」の中でも全体を貫く主要なテーマのひとつだ。前述の発酵食品についても詳しく紹介されている。小倉ヒラクは、そこでしか通用しない、普遍性がないものが歴史の多様性をつくり出すもので、逆に未来を感じられることだと言う。
「今まで発酵は伝統文化として捉えられていましたが、ある瞬間にものすごく化けて、例えばポートランドのヒップカルチャーみたいになる可能性だってあるわけでしょ。歴史はずっと保存していくものではなくて、ダイナミックに変わり続けるものだっていう風に僕は思っていて。それってやっぱり何か生き物的な感覚なんですよね。それが普遍性を目指す、どこでも再現性のあるスタンダードを目指すっていうことになったときに歴史の終着点が見えちゃうわけですよ。ある種の観念哲学みたいな世界観になっちゃうんだけど、それは全然つまんないなと思っていて。どんな風にトランスフォームするのか予測できない、その瞬間その場所でしか生まれえないデザインが未来であるならば、ローカルであること、多様であるっていうことが、どれだけ面白いことか」
デザイノイドは未来、デザインは過去、そう捉えると合点がいく。すでにある情報の組み合わせは都会でデザインを繰り返し反復し続ければいい。ローカルでインフラを手に入れ土着化したデザイノイド群はまるで菌のように増殖し見たことも聞いたこともない新しい概念やモノや革新を生みだすにちがいない、それが希望だ。そんなメッセージを小倉ヒラクから受け取った気がする。
ヒラクさんは取材の最後に呟いた。
「ローカルはパンクだ」
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備考 | 9月10日(日)、これからの暮らしかた展 関連イベント「Off-Grid Life Lecture & Talk」に、小倉ヒラクさんが登壇します。詳細はこちら。 |