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サン・セバスティアン国際映画祭出品! 映画『よあけの焚き火』土井康一監督×能楽師大藏流狂言方・大藏基誠さん×康誠くん/わたしのスタイル4(前編)

2019.09.10

920日に開幕するスペインのサン・セバスティアン国際映画祭の新人監督作品を取り上げる「New Directors」コンペ部門に、映画『よあけの焚き火』が選出されました。海外からも注目を浴びる本作の土井康一監督と、映画に出演している能楽師大藏流狂言方の大藏基誠さん、康誠くんが、フォーラム山形での上映に合わせ8月に山形を来訪。お話を伺いました。

映画『よあけの焚き火』は、大藏さん親子が本人役として出演するドキュメンタリーのような劇映画で、狂言の継承にかかわる父と子が、山荘での稽古を通じて自然や人との対話を深めるようすを描く物語です。今回の作品の原点には、まず狂言があったのかと思いきや、実はそうではなかったと土井監督は言います。ある有名な絵本のイメージと、自身の経験に基づく「家族」というテーマが、父から子へと伝わっていく伝統芸能のあり方と結びついていったのだそうです。

前編では、映画『よあけの焚き火』のこと、さらに土井監督の映画の根底にある「家族」というテーマについて紹介します。後編では、土井監督が「なんていい父親像なんだろう」と惚れ込んだというパパ・大藏基誠さん、康誠くん親子の親密ぶりと、狂言という伝統芸能に満ちる意外なまでの明るさについて紹介します。

サン・セバスティアン国際映画祭出品! 映画『よあけの焚き火』土井康一監督×能楽師大藏流狂言方・大藏基誠さん×康誠くん/わたしのスタイル4(前編)
左より、能楽師大藏流狂言方の大藏基誠さん、康誠くん、土井康一監督。フォーラム山形にて。

亡き父親の死の影と
向き合って生まれた初長編映画

ポーランド出身のユリー・シュルヴィッツによる絵本『よあけ』。1977年に日本でも刊行されたこの名作は、唐の詩人、柳宗元の詩「漁翁」をモチーフに、湖畔で毛布にくるまる「おじいさん」と「まご」が夜明けとともに湖へとボートを漕ぎ出していく光景を、繊細な色彩で表現した絵本です。

土井監督は、この誰もが迎える「よあけ」の風景に、「希望のようなものを感じた」と言います。そして映画づくりの一生涯のテーマを自身のなかに探ったとき、亡き父親の記憶が急に蘇り、この「よあけ」のイメージと父親への思いとが、次第に結びついていったそうです。

「父は20年前に癌で亡くなり、もうとっくに乗り越えたつもりでいたんですが、自分の長編映画を初めて撮るという段階になって、妙に父の死の影が現れてきまして。ちょうどそんなときに、『よあけ』とともに、大藏親子とも出会ったんですね。この強すぎる絆で結ばれた親子は、自分では抗えない力によって肉親や大事なものを奪われた子どもの目からは一体どんなふうに見えるのだろうかと。そんな視点を物語のなかに交えながら、僕自身も稽古をする二人を指をくわえて撮っていたようなところがあります」

物語は、父や祖父たちが狂言方として鍛錬を積んできた山中の稽古場を、大藏基誠・康誠親子が初めて二人で訪れるところから始まります。廊下を雑巾がけし、窓を拭いて生活の準備を始めてまもなく、あたりは一面真っ白い雪の世界に。師匠である父親と、狂言方として歩み始めた10歳の息子とが、真冬の山中で向き合う逃れがたい時間。しかしそこには、生活の隅々にある可笑しみから立ち上がってきた狂言のあり方を感じさせるような、思わずクスリと笑ってしまう二人の対話があるのです。そんな親子を外から見つめる少女の登場。大藏親子とかかわるなかで、彼女のなかにも雪解けのような静かな変化が生まれ、再び季節はめぐって春を迎える――

作中のこれら各々の情景が、土門拳賞受賞の写真家であり映画監督でもある本橋成一監督作品や、海外でも高く評価される小栗康平監督作品『FOUJITA』などで助監督を務めてきた土井監督により、静謐なひとつの時間へと編み上げられます。そして、ベテラン撮影監督である丸池納さんにより、人や自然の深い陰影がそのまま深く切り取られ、まさに絵本『よあけ』の世界のような純朴さで描き出されていくのです。

サン・セバスティアン国際映画祭出品! 映画『よあけの焚き火』土井康一監督×能楽師大藏流狂言方・大藏基誠さん×康誠くん/わたしのスタイル4(前編)

サン・セバスティアン国際映画祭出品! 映画『よあけの焚き火』土井康一監督×能楽師大藏流狂言方・大藏基誠さん×康誠くん/わたしのスタイル4(前編)
映画『よあけの焚き火』より ©桜映画社

地に足のついた一歩として
「よあけ」を描きたかった

稽古場を取り囲む自然を捉えたシーンは、作品を何度も観ていると、より印象的に感じられます。それは、大きな時間の流れを感じさせるようであり、伝統という脈々と続くものの存在にも気づかせてくれるかのような描写です。

「この作品のなかで、康誠くんという役の男の子が、今どんな地点にいるかということも、一つの大事な視点だったのですね。つまり、長い歴史のなかの一点として彼は存在し、このあとも何百年と続くかもしれない狂言の世界と、彼の周囲にある雪をかぶった自然や山中で出会う少女のような他者の存在をどんなふうに受け入れ、その地平でどんな自分の座標軸を見つけていくのか。それは僕自身も映画というものを追いながら求めているものですし、様々な人に通じる問いなのではないかなあと」

土井監督の「家族」というテーマには、次の世代を担う子どもたちに対する強い思いが込められています。ただ明るい未来を夢見させるのではなく、地に足のついた一歩を踏み出す瞬間を映すことで、希望のある「よあけ」を描きたかったと言います。

作中の康誠くんや山中で出会う少女には、決して劇的なラストシーンが待ち受けているわけではありません。けれどそこには、一体どんな風景が広がっているのか、ぜひ映画をご覧いただければと思います。

なお、再度山形での上映会を企画中とのことですので、詳細が決まりましたらぜひお知らせいたします。

後編へ続く)