あるものでまちを興す。 自然と共存し、土を起こす。 ふるさとに根ざす人を興す。
ハイパー公務員、浅川裕介
山梨県北杜(ほくと)市の「おこしびと」に会いました。
「地元で採れた農産物の自給率を上げる」地産地消という。頭では大切さが分かっていても、都市化や食生活の多様化、物流機能の進化によって、食と農の距離が拡がっている現代においてはたやすいことではない。
自らを兼業農家と呼ぶ北杜市職員の浅川裕介さんは、この難題に正面から取り組んでいる人だ。「行政マンとしての仕事以外の時間は、地域にプラスになることであれば何でもする」と言うその活動は多岐にわたる。
その原点は、北杜市農政課時代。耕作放棄地が増え、農家の高齢化という問題に直面していた。危機的状況にある地域の地産地消・食育、そしてどうしたら地域を守り、農地を次の世代に残せるかという課題に対して役所が横断的に対応するための部門「食と農の杜づくり課」の立ち上げに浅川さんは携わった。
ここが中心となって、北杜市の保育園庭に畑をつくる、学校給食に地元産の米や野菜を使うなどの取り組みを行い、学校給食の地元産割合を重量ベースで47%まで引き上げることに成功した。この数字は驚異的なもので、全国平均は約11%程度だ。
「取り組みを始めて 6 年になります、体験してきた子供たちにアンケートを取ると、10円高くても地元の野菜を買うという子供もいました。それに、北杜市の子供たちは、目を閉じてトマト、ナス、ピーマン、キュウリ、カボチャの苗を当てることができると思いますよ」と話す浅川さんは、地産地消や持続可能性の大切さをわかる子供たちが地元の素晴らしさを伝える北杜市の営業マンとなって欲しいと考えている。
ところで、北杜市の食料自給率は耕作面積などを基準とした試算によると、米が 338%、野菜が 623%だそうだ。「明らかに生産過剰なのです、廃棄されるものも少なくない。誰に売るか、どう売るかを考える必要があります」と言う浅川さんは、市職員という仕事以外でもこの課題を解決するための様々な活動を行っている。
例えば、自身も「あさかわ農場」を運営する農家として「のらごころ(http://noragocoro.com)」という農家集団に参加。ここでは、農家として自立できる技術の共有や、地元農家から農地を借りる、共同で出荷する、加工・商品化などを行っている。地元で有名な小売店「ひまわり市場」の野菜売り場には「のらこごろ」のコーナーが常設され、売り切れるのも早い。ちなみに、「のらごころ」は現在 13 名の農家が参加していてその内 11 名が移住者だ。農業目的の移住者にとってこの集団の存在はとても心強い。
さらに、「一般社団法人里くら(http://www.satokura.net)」という団体の理事でもある。「里くら」は、「里山の暮らしの知恵を現代の暮らしに合わせてリデザインする」ことを目的に、大泉にある茅葺屋根の家「農業体験の家」の一部を借りて、産業、福祉、教育の3つを柱にこれからの持続可能な地域に必要な知恵を伝え、仕組みをデザインしている。
昨年は、農業体験の家の一部にワークショップでかまど小屋などをつくりあげた。
里くらでは、基幹産業である農業を持続可能なものにするため、都心の子どもたちの教育旅行受け入れをするだけでなく、北杜市だけでは生産過剰となるお米や野菜のプロモーションとして、都心の学校給食農園を北杜市につくるサービスを現在進めている。教育旅行は、ほんの学校生活の1日に過ぎないが、給食を通じて子どもたちに北杜市の野菜を食べてもらうことで、「都心の子どもたちに北杜市ファンになってもらいたい。そして、第二のふるさととして感じてもらいたい。」と浅川さんは考えている。
また、生産者が加工から流通まで一貫して担う農業の 6 次産業化について浅川さんはその重要性を理解し推進している。例えば、里くらの「手前みそキット」という手作りみその商品化や八ヶ岳のオーガニック野菜でつくるドレッシングのアドバイス、障害者雇用や福祉施設との連携によるものづくりなど、活動を通して次々と 商品や仕組みが生まれている。浅川さんが考える地域の 6 次産業の在り方は、協業と連携であり、競争ではなく共創だ。農家一人が全て行うのではなく地域のなかでそれぞれ得意とする部分を出し合って、役割を分担しあって進めるやり方だ。
かつて日本の農村地域には、「結い」という共同作業の相互扶助組織があった。田植えや稲刈り、屋根の葺き替えなど一人ではできないことを集落全体で行ってきた。持続可能な地域の姿をイメージすると、突出した一時的な利益や短期的な解決ではなく、浅川さんが問いかける「今の時代に即した結いのようなコミュニティが必要ではないか」という言葉が腑に落ちてくる。
そう、浅川さんはアツい人だ。しかし極端に走ったり振れたりはしない。無農薬や有機農法以外の農業を否定しない、農産物の流通を農家と消費者を直結させるよりは地域の流通を活用することを考える、農産物の商品化もそれぞれの分野での協業をすすめる、新規就農者や移住者がコミュニティと繋がれる機会を創出する。常に地域全体の持続性を一番に考えているのだ。
ところで、国連の新統計である「総合的な豊かさ報告」によると、日本は国民一人あたりの豊かさで 1 位だそうだ。その中で、まだ統計には含まれていないが「社会関係資本」という指標が追加されるという。これは、社会における人のつながりや信頼関係を表す指標で、豊かさを表す一つになるということだ。
「支えあって、みんなが自立していける街にしたい、それには一つ一つ手間がかかるのです」理想に流されず現実を踏まえて長い視点で地域を考える人、浅川裕介さん。やっぱりハイパーな兼業農家だ。