「いい日本を作るためにもっといいアプローチがある、それがリビセン」
RebuildingCenter JAPAN 代表取締役・デザイナー 東野唯史さん
お話しを伺いながら、「風林火山」と言う言葉が頭の中で反復を始めた。諏訪という場所で会ったことがそんな連想に拍車をかけていたのかもしれない。
何しろ風のようにものすごいスピードだ。東野(あずの)さんが古材屋を始めたいと考えたのが3年前で、ポートランドに行ったのが1年前、今、諏訪の地に日本で最初の「Rebuilding Center JAPAN (リビセン)」が存在している。
東野さんは、奥さんと二人でデザインチームmedicalaとして「Nui.HOSTEL & BAR LOUNGE」をはじめ日本各地の街でゲストハウスやカフェ、書店、美容院、住宅などの空間づくりを行ってきた。ホームページには「WAY OF WORK」となんともユニークな仕事の仕方が解説されている。1.依頼主が一緒に施工すること 2.現場で毎日みんなでご飯を食べること 3.生活する場所の確保(現場の寝泊りも可能) 。そして一つの店が完成すると、チームmedicalaは次の場所に移動する。
「デザインは世界をより良くできる」
その理由は、「いい店を作りたいから」と、東野さんは話す。「その街にいいものが一つできるともう一軒、また一軒といい店ができて街がよくなる。いい店をつくるためには、何よりも依頼主がいちばん頑張らなければならない。そして毎日現場でみんな一緒にご飯を食べることでいいものができる」東野さんは、大学時代の先生の言葉「デザインは世界をより良くできる」を信じていると言う。この世界をよりよくするために「いまできることは何か」を追求しているのだ。
デザイナーとして作り手として街の第一歩となる店をつくってきた東野さんご夫妻は、ユーザーとして気軽に行ける場所に古材屋があったらいいと思っていた。「でも、誰もはじめないので自分たちで始めようかと。日本の古材は普通にかっこいいんです。古い建物が残っていて壊されまくっているところ、解体された古材をレスキューできて、ニーズのある都市部にあって、公共交通機関が使えて日帰りできる場所、そんなところで始めたいと考えていました」一つ一ついいものを作っていくmedicalaとしての活動の先にある世界をより良くするためのできること、それが古材屋だと東野さんは信じたのだ。
「いい日本を作るためにもっといいアプローチがある、それがリビセン」
ポートランドの「Rebuilding Center」訪問から帰国してすぐ、ホームページに記載された問い合わせ先に、日本で始めたいというアツい思いを東野さんが下書きし、奥さんが英訳してメールで送った。そこからはあっという間だったと言う。
「自分たちが意図しない力に押されている感じたった」
もともと諏訪で計画していたわけではなかった。「マスヤゲストハウス」の仕事をした関係でたまたま居たから、と東野さんは言う。ここはご夫妻の地元ではない、二人は幼少期からいろいろな場所で暮らしてきた。
「Rebuilding Center JAPAN」が承認されたことで、諏訪の物件探しを始めるが、こちらもとんとん拍子に進みわずか1週間で場所も確保できた。その後、のべ500人のお助け隊が店づくりを手伝いポートランドを訪問してから1年後に店は開店した。
東野さんは、解体された建物から古材や道具を運び出すことを「レスキュー」と呼ぶ。「古いものが壊されるのはその良さを知らないだけかもしれない、循環することで世界が良くなるといい」と話す。日本各地にリビセンが増殖していく未来を願っている。
リビセンのマグネットとしての役割を持つカフェの棚には、その朝レスキューされてきたりんごが箱の中で売られていた。