20代の決断。自然、家、そして陶芸
陶芸作家・山増ちひろさん
山形市の中心街から山形蔵王インターを超え、東へ車を走らせる。
信号のない緩やかな一本道に沿っていくと、次第に緑が深くなり、大きな自然に包まれます。
ここは山形市滑川。セレクトショップ〈5o’clock〉で見かけた器が印象的で、作家さんにコンタクトをとると「ぜひ遊びにきてください」とのお返事が。さっそく工房へお邪魔させてもらうことになったのです。
日差しが強い真夏日。工房に到着し車を降りると、森の空気がひんやり肌に触れて心地よく、渓流と植物のざわつきが耳に飛び込んできます。
作家の山増ちひろさんに出迎えていただきました。
山増さんは埼玉で生まれ育ち、東北芸術工科大学への進学をきっかけに山形へ引っ越しました。美術科・工芸コースの陶芸を専攻し、大学院を卒業後すぐに家を購入。
現在は、工房を併設した自宅で、器を製作しながら暮らしています。
──山と川が目の前で、気持ちがいい環境ですね。持ち家と聞いて驚きました
卒業後すぐに製作に取りかかりたくて、在学中から物件を探していました。
偶然にここが売りに出ているのをネットで見つけて、内見したら一目惚れしてしまったんです。見た瞬間に、ここでやっていこうと決めました。
──すごい決断力ですね。決め手はなんでしたか?
ここの「緑」です。自然が身近にない埼玉のベッドタウンで生まれ育ったので、ずっとこんな環境に憧れていました。
山形は四季がはっきりしていますよね。ここで暮らしていると季節の変化を間近に見られるし、緑の色を強く感じます。
川の水や鳥の声とか、音も気に入っているんですよ。
──この環境はつくる器にも影響しているのでしょうか
そうだと思います。とくにこの「モカシリーズ」は、この自然と暮らしているから、きれいに出る模様なのかもしれません。
これはイギリスの技法「モカウェア」によるものです。タバコを煮出した液で顔料を溶いたものを、表面に垂らして模様をつくります。自然のにじみなので、自分でもどんな柄が出るか毎回楽しみなんです。
──これまで、どんなものに影響を受けてきましたか?
旅行が好きだったり、民族的な模様に興味があったりするのですが、一番はゼミの恩師で彫刻家の深井聡一郎さんの影響が大きいです。
モカウェアをつくるきっかけをくれたのも深井先生です。歴史から陶芸を学ぶスタイルで古代から近代まで、たくさんのデザインや手法、作風を見せていただきました。
そのなかでも、特にイギリスやフランス、オランダなど、西洋の昔のデザインが好きで、それに山形の自然が溶け込んでいまのスタイルがあるのかもしれません。
──ろくろを回しているときって、どんなことを考えているのですか?
ろくろは地球の自転と連動する自然な行為だと聞いたことがあります。考えるというより、感覚的な作業なんですよね。
「これいいカーブだな」とか、自分なりの“気持ちいいカタチ”があって、その感覚を頼りに製作しています。
瞬発力と集中力が必要になるので、迷いがあるときや集中できないときは、潔く諦めて切り上げてしまいます。
──作家活動をするうえで、山形という土地はどうですか?
山形はマイペースに活動することを許してくれる土地だと思います。
いまは家の返済のためにバイトもしているのですが、仕事と生活と製作を、無理のないバランスでやれています。
わたしにとって、陶芸はライフワークです。将来、結婚してもここに住み続けるし、出産しても、老いても、陶芸は長く続けるつもりです。だからこそ無理をしすぎないようにしていて。
マイペースでいられるのは、この自然に囲まれた環境のおかげですね。
──その穏やかさや女性としての生きるビジョンが器にもあらわれるのかもしれないですね。初めてお会いしたとき、「あ、なるほど。この器っぽい方だ」って思ったんです
そうですか?(笑)そう言ってもらえてうれしいです。
あたたかみがあって、甘くて、ちょっと隙がある、人間くさい器がつくれたらと思っています。
言い換えると「育つ器」。わたしの器は、貫入(釉薬の細かいヒビ)に染み込んで、色が変わることがあります。
それはその人の生活が染み込むということ。使う人によって別の色になっていく。変化を楽しみながら、長く使ってもらえたら嬉しいです。
山増ちひろさんの器は、山形市七日町のセレクトショップ〈5o’clock〉と、諏訪町のうつわ・ギフトショップ〈せと藤〉で購入することができます。
〈5o’clock〉は9月11日までの期間限定ショップなので、気になる方はお早めにどうぞ。