「気の合う本屋」はインフラ
本と印刷 石引パブリック
自分の住む街に「気の合う本屋」があるかどうかは、とても大事。もはやインフラと言っていいと思う。
今回は金沢の石引商店街にできたセレクト系本屋「石引パブリック」をご紹介。
石引パブリックがオープンしたのは2016年7月。長らくシャッターが下りていた物件をリノベーションした店舗で、商店街にとっても久方ぶりの新店となる。
天井まである本棚には、写真集やアート系書籍、音楽関連、哲学書にいたるまでずらり。どちらかと言うと「品の良いもの・可愛らしいもの」が良しとされる金沢において、ちょっと異色なアングラ系セレクト。
「新しい情報、今の時代に必要とされている本を並べたくて」という思いから、扱っているのは基本的に新刊本(一部古本もあり)。「オヨヨ書林」など、金沢には良い古本屋は多いが、新刊を扱う“セレクト系本屋”はなかったので、まさに待望の一軒。
店主である砂原久美子さんは金沢出身。大学進学で上京し、そのまま東京でデザイナーとして働いた後、13年前に金沢にUターン。そして2児の母をしながら今年書店をオープンさせた。
「本は好きだし人並みには読みますが、すごい読書家ってワケではないんです。本来なら、自分は本屋をやるような器じゃない。だけど、金沢にはいわゆる独立系・セレクト系の本屋がないから、誰もやらないのなら、自分がやるしかないなと思って始めました」と砂原さん。
江戸時代には「天下の書府」と呼ばれたほど、洋書・和書と問わず図書が集まっていた金沢。しかし、今日の本屋状況は決して充実しているとは言えない。
「情報格差がない時代だと言われますが、“物”のあるなしはやっぱり大きい。写真集やアート本は特に。そういう現物に触れる場がないのは、表現をしたい人達にとっては残念というか…」
本屋を開くにあたり、その「セレクト系本屋が増えない理由」を、砂原さんは身をもって知ることになる。
まず基本的に、出版社と書店の間には「取次」と呼ばれる卸業者が入っていて、そこから本を卸してもらうシステムになっている。取次から自動的に送られてくる書物を店頭に並べることになるので(返品も可)、リスクは少ないけれど、結果として並んでいる書籍はどこも似たり寄ったり、という現象が起きやすい。(もちろん、その中で意図を持ってセレクトしている書店もある)
同時に、出版不況の今日、実績が無い個人書店は、取次と契約してもらうことも難しい。そうなると、ひとつひとつの書籍のために出版社と直接交渉することになり、膨大な手間暇がかかる。(さらには、少部数注文では取引してもらえない事も多いとか)
セレクト系本屋が増えない背景には、こんな事情もあったのだ。
「私の思う“良い本屋さん”の定義は、自分の目でちゃんとセレクトされてること。偏っているんじゃなくて、一貫してるというか。まだまだ未熟者なので、お客さんに色々と教えていただいてますが。(笑)」
扱いたいのに新刊で卸してもらえない書籍は、オークションで古書を探す。そうした涙ぐましい努力の集積が「石引パブリック」の本棚を構成していて、だからこそ、本のタイトルやコピーに次々目が吸い付けられる力があるのだと思う。
また、書籍販売と併せて、2階は「リソグラフ印刷」ができるスペースになっている。リソグラフ印刷とは、ガリ版などの技術を利用した単色刷りの印刷のことで、少部数を低コストで刷れることから、ZINE制作などでも近年ポピュラーになってきた。「本屋がインプットする場なら、アウトプットする場があったらいいなと」。
また、トークショーなどのイベントも頻繁に開催されていて、様々なカルチャーに触れる場にもなっている。
服屋のように、本当なら本屋だって好みが分かれていいはずだ。それぞれにとって「気の合う本屋」が、これから金沢に増えてくれることを、住人として願う。