喫茶〈白十字〉
シネマ通りを見つめ続けて
山形市の七日町シネマ通りにある、老舗の喫茶店〈白十字〉。
まだ人通りが少ない午前8時すぎ、朝食を求めてお店に入りました。
迎えてくれたのは、こんがりきつね色のトーストとサラダ、コーヒー、そして店主の恵子さん。
分厚くスライスされた食パンは、カリっとトーストされていて、バターがほどよく染み込んでいます。
一口かむとじわ〜っと風味が広がり、それをブラックのコーヒーで流し込む。口当たりがよいブレンドコーヒーにホッとします。
七日町シネマ通りにて、創業45年。
昔は、近隣に県庁(現在の文翔館)、銀行、役所、デパートの松坂屋があり、遠方から出勤する人が朝の腹ごしらえに来ていたそうです。その名残から、いまでも変わらず朝ごはんを提供し続けています。
この店のルーツをさかのぼると、中国の大連へたどり着きます。戦時中、フランスの租界地に派遣された悟郎さんは〈白十字〉という名のカフェと出会いました。
フランス人やウクライナ人が交流する美しく洗練された空間に感銘を受け、地元の山形で同じ名前で店をやりたいと、夢を持って帰国しました。
その後、店内の半分を電気屋〈銀座堂〉、もう半分を喫茶店〈白十字〉として念願のお店オープンを果たします。表に2つ扉があるのはそのためです。
当時、県庁にお勤めしていた恵子さんは、お店をやることに反対しながらも、仕事を辞め、悟郎さんの夢を支え続けてきました。いまではすっかりこの店が恵子さんの“暮らし”になっています。
元旦以外は年中無休で営業する〈白十字〉。恵子さんは45年間ほぼ欠かさずお店に立ち続けています。
「毎日のように来てくれる常連さんがいるから、わたしもこの店を開けているんです。同級生の友人からは『たまには休んだら?』なんて言われるんだけど。
でもね、ブティックでも飲食店でも、店主がいない店はダメだと思うの。お客さんはただコーヒーを飲みにくるわけじゃなくて、会話や空間を楽しみにしてくれているから」
この店でコーヒーを飲んでいると、代わる代わる常連さんがやって来ては、カウンターに座り世間話がはじまります。
かと思えば、一人でふら〜と入ってきて気ままに新聞を読む人がいたり、営業マンが打ち合わせをしていたり、“ありのまま”が許される空気がなんとも心地いいのです。
シネマ通りの街路樹・マロニエの木は、初夏に鮮やかな花を咲かせます。このマロニエの木は、悟郎さんによる選出で植えられたものだといいます。
この店はまちの風景の一部であり、日常の一部でもある、かけがえのない存在。
悟郎さんの思いを守りながら、今日も恵子さんはカウンターに立っています。