real local南八ヶ岳 » 森の案内人 ゴリ【この人】

森の案内人 ゴリ

子どもも森のように手をかけ過ぎず自然のままが心地いい

「ゴリー、これなにー!?

子どもたちの声が森に響く。男の子も女の子も容赦なくまるで気のおけない仲間の一人であるかのようにゴリを呼ぶ。ヒゲと帽子、大きなバックパックがトレードマークの小西貴士 (ゴリ)、もちろん立派な大人で八ヶ岳南麓を中心に活動する森の案内人だ。
(なぜゴリと呼ばれるのかは聞かなかった)

森の案内人 ゴリ
小西貴士さん

同時に写真家でもある、子どもや森を被写体にした写真とことばで構成される写真集や絵本の作家でもある、保育の現場にいる人でもある、スライドショーや講演を全国の保育者を対象に行っている人でもある、そして農的な暮らし方を実践し、そこでワークショップスタイルの学びの場を仲間と共に主宰している人でもある。なんとも一言では説明が難しい活動をしている人だ。

ゴリは学生時代、バックパックを背負った旅の途中で会ったヒマラヤ地域のガイドに憧れたという。「ただただカッコよくてねぇ、単純だけどそれで自分もガイドになりたいと思ったんだ。」大学卒業後、地元の京都から森の案内人になるために、山梨県北杜市の清里に移住した。

しかし、森の案内人は簡単な仕事ではなかった。「劣等感だらけだったね。エコロジーやバイオロジーを学んできたわけではなかったから知識や技術がついていけなくて。あれもこれもできない毎日でね、失敗のたびに傷ついていた」慣れない土地、慣れない仕事にゴリは当時何度も辞めようと思ったと言う。

森の案内人 ゴリ
自宅縁側にて

そんなゴリを支えたのが写真だ。「できることが他になかったから先輩に勧めてもらった写真にすがった。気が付いたら、よく見て考えるようになっていた。そして、写真を通して見えてくるものからいろいろが繋がっていった」この見え方、考え方を皆と分かち合いたいと思い、写真集の出版やスライドショーを始めるようになっていったのだ。

森の案内人 ゴリ
玄関の小さなサインボード。「Photo works 宙(そら)」と「Nature works 滴(しずく)」それぞれ写真家、森の案内人としての屋号だ。本人曰く「いつでも下ろせる身の丈にあった看板」

ゴリは標高1,111mの高地で、あるプロジェクトを進めている。「ぐうたら村」と名付けられた「エコビレッジであり、保育者のための学びの場」づくりである。現・日本保育学会会長である汐見稔幸さんや、NHKの「すくすく子育て」でもおなじみの大豆田啓友さんらこの国の保育や幼児教育をリードする面々ととともに始めたプロジェクトだ。耕作放棄地だった元畑は、様々なワークショップによって、ゆっくりと学びの場へと変わりつつある。

森の案内人 ゴリ
ぐうたら村の「森のような、野原のような、庭のような、畑」

「キープ森のようちえんという16年前に立ち上げた野外保育のプロジェクトを通して森と子どもからたくさん学んだ。その学びを生かしたいと思っている。いろいろな保育者が生きるや育つや暮らすということをもっとおもしろく考える場所があったらいいじゃない」と、「それに、」と続く。「野外保育のプロジェクトに没頭するあまり自分の暮らしは自然のリズムを失って乱れていったんだよね。子どもたちと分かち合っている自然の豊かさを自分の暮らしでもちゃんと実践したいと思ったんだ」

この二つの思いが自宅とぐうたら村が共存する暮らしの場に繋がり結実していったのだ。

森の案内人 ゴリ
小西さんの自宅(奥)と足場丸太と番線だけで組み上げられた作業小屋(手前) 物見塔が冒険心をくすぐる

ぐうたら村に管理人として住むゴリの自宅は、板倉造り(いたくらづくり)という厚い板材を柱と柱の間に落とし込んで壁をつくる昔ながらの工法で建てられた。製材所が経営する工務店と地元の大工とともにつくり上げた。全体のプランはゴリ自身が考えたもので広い通り土間に水廻りが配置され、中央にレンガで覆われたペチカが置かれている。間仕切りも最小限とした、ゴリ曰く「ペチカのためのショールーム」のような間取りだ。

森の案内人 ゴリ
小西さん自宅の土間 左手がキッチン、右手がペチカ。長靴のまま動ける動線と使いやすさが検討されている
森の案内人 ゴリ
深い軒と縁側はスペースは「50%は自分で作った」。軒下には養蜂箱が置かれている。

50%は作ってもらい、残りの50%は自分で作る」ゴリの流儀だ。「50%のお金を使うことで家づくりのいろいろを学ばせてもらった。おかげで残りの50%は自分ゆっくり時間をかけて作っていこうという気になれた」とゴリは言う。「お金の文脈だけになってしまうと暮らしは単調になるけど、お金の文脈が半分になると普段使わない回路を使うようになって暮らしは活性化する」ゴリの表現は独特だ。すべてお金で解決するのではなくて半分くらいにして知恵を使うことで暮らしは楽しく豊かになる。そうゴリは言いたいのだ。けっしてお金を否定しているわけではない。

森の案内人 ゴリ
左がアースバック工法で建てられた「種小屋&アウトドアキッチン」敷地内の赤土を使って作った。現在も工事は進行中。右は「マンガ小屋」中学生の発案から作り始めた。屋根の断熱は土と草、壁の断熱は本畳、窓ガラスは廃材、なるべくあるもので、作れる方法で大人や子どもみんなで建てた
森の案内人 ゴリ
今年度開講中のかまど作りのクラスのメンバーが、日干し煉瓦や土を素材として、アウトドアキッチンを制作中

実際に、自宅の軒や縁側は大工の棟梁に教えてもらいながら、できるところは自分で施工した。今も暇を見つけては大工仕事や土木工事に精を出している。その他にもぐうたら村に建っている大小5つの小屋は、全て違った工法や素材で、ワークショップで建てたものだ。このワークショップに参加することで、お金の力が強い文脈から自由になることをゴリは面白がっている。

「どれも作りかけ」と言いながら、今また新しい建物の準備も進んでいる。唐松の原木が敷地の隅に積まれ製材するところからはじめている。軸組模型を見せてもらった。12角形のホールだ。室内でのワークショップや映画の上映などが行える空間を夢見ているそう。時には、ゴリの森と子どもたちのスライドショーも催されるのだろう。

森の案内人 ゴリ
多目的ホール「ぐうたらカフェ」の模型 登り梁が渦巻きのように中心に向かう
森の案内人 ゴリ
製材も一本一本自分たちで行う

そんな、「ぐうたら村」では今年度は5つのワークショップクラスが開かれている。大工&土木、農、ハーブ、食、そしてゴリが担当するエコロジー。のんびり散歩しながら森や野から命を考えるクラス、それは森の案内人として写真家として見続けてきたゴリならではのテーマだ。

取材の過程もまさにワークショップのようだった。「ほら、虫好きの子どもたちのヒーローでもあるルリボシカミキリがここで死んでる。」 草だらけの菜園スペースはよく見ないと目的の植物が何かわからないほど多様な草花が繁っていた。自然農というやり方だ。ゴリはルリボシカミキリの死体をそっと拾い上げた。

森の案内人 ゴリ
小さな昆虫の命も豊かな土づくりには欠かせない

「このルリボシカミキリが、ここで死んでくれるから、この虫の体に含まれる微量元素がここの土となってゆく。そう考えると、このルリボシカミキリがこの辺りで生きるためのミズナラの薪積みがあったことがとってもありがたいでしょう。」ゴリの話しは続く、「森は誰も耕したり、水を撒いたり、肥料を施さないけど豊かでしょう。森の中の1メートル四方は、産卵する場所でもあり排泄をする場所でもあり食事をする場所でもあり死ぬ場所でもある。森や野原は、多義的で複層的なんですよ。」

ゴリの話しはいつも森に戻っていく。

というよりも森の案内人として完全な生態系が森にあることをよく知っているのだ。森を手本としてこの村の小さな菜園にも大きな森と同じく命の循環があること、それを尊重してできるだけ手を加えないことで豊かになる方法もあることを伝えたいのだ。

森の案内人 ゴリ
「ぐうたら村」の小さくて豊かな池

そんなゴリの思いが注ぎこまれた「ぐうたら村」は多様な循環に溢れている。

2帖ほどの小さな仮の池には豊かな生態系が育まれている。この池を作って2度目の春となる今年の春には、ヤマアカガエルの卵が5つ産み落とされ、夏には数え切れないカエルたちが森に巣立っていった。赤土の砂漠だった池の周辺は、水を飲みにやってきた鳥たちが運んできた種から発芽した植物が覆っていった。トマトの実を与えたウコッケイはその種を糞と一緒に排泄し、タイムカプセルのように翌夏には見事なトマトジャングルを作り鶏小屋に日陰を作っている。養蜂箱のニホンミツバチは花の受粉を促進する。無駄な存在はないことを村は森のように教えてくれる。ここにも命が溢れている、森のように。

森の案内人 ゴリ
小学生が作ったウコッケイの小屋前には、夏の間は日よけのミニトマトジャングルが
森の案内人 ゴリ
この秋には10羽を飼育したいと、鶏小屋作りワークショップを行う予定
森の案内人 ゴリ
養蜂箱を開いてミツバチの様子を見せてくれた 受粉という役割に加えて美味しい蜂蜜も提供してくれる
森の案内人 ゴリ
スズメバチもミツバチを狙いに来るが、ゴリ曰く「オニヤンマの方がよっぽど上手にミツバチを仕留める」
森の案内人 ゴリ
そしてこんな贈り物も

森の案内人としてゴリは16年間、清里聖ヨハネ保育園の子どもたちと森を歩いてきた。

森の案内人 ゴリ
保育園の子供たちとゴリ 写真 Tocky

「ゴリ、エビフライ見つけた!」子どもたちの歓声が森に響く。リスが食べ芯だけになったマツボックリ。エビフライにそっくりなのだ。子どもたちは散策のたびに森や野原でいろいろな形の命に出会う。鹿の骨や野ネズミの死骸、ヘビ、春の芽吹き、落葉・・・。子どもたちはいろんなものに出会っていく。次から次へと質問が飛び出す。「何?、なんで?、どうして?、ゴリー」

「ひとつの答えに導くことはしたくない」とゴリは言う。「子ども時代は言葉や態度が固まっていないので強く導きたくない」と。「でも、出会うことについては、できる限り多くのことはしたい」と言う。子どもも森のように手をかけ過ぎずず自然のままが心地いい。

森の案内人 ゴリ
子どもの頃から収集癖のあった小西さんの宝箱

写真集「子どもは子どもを生きています」のあとがきにゴリはこんな文を書いている

「子どもが子どもを生きている姿は、毎日に溢れています。(中略)それは、ただただ自然なことです」

森の案内人 ゴリ
小西さんの写真集 左から「子どもと森へ出かけてみれば」、「子どもは子どもを生きています」、「子どもがひとり笑ったら」 著者 小西貴士 発行 フレーベル館

ゴリのスライドショーではひたすら命が描写される。森の中で循環していくさま、そこに存在する子どもたちのさま。何かひとつの答えを示唆してはいない。

森の案内人 ゴリ

森を軸として生きる案内人、ゴリ。ヒマラヤのガイドに負けていない、かっこいいと思う。

 

URL

blog:ゴリ(小西貴士)の森のようちえん日記

https://ameblo.jp/gorilla-tarou/

 

ぐうたら村

mail:gutarav@gmail.com