ニューヨークスタイル・ピザ専門店 HAVE A GOOD SLICE
本場のNYを味わう、アメリカ文化の発信基地
西バイパス沿いの飯沢に今年3月にオープンしたピザ専門店「HAVE A GOOD SLICE」。
バイパスから少し奥まった立地と、真四角で端にシャッターが付いた無骨な風貌は、まるで秘密基地のようだ。
店内のショーケースには、アメリカ映画に出てくるようなダイナミックなニューヨークスタイルのピザが並ぶ。背後にはロックミュージック。大きなピザにかぶりつくと口先からチーズがのびて、具材とトマトの風味が口中に広がり、耳までおいしく食べられる。
のどかな田んぼと山が広がる山形に、突如誕生した一箱のニューヨーク。ピザの味から空間、店主の佇まいまで、そこで待っていたのはニューヨークの街角の店に迷い込んだかのような体験だった。
HAVE A GOOD SLICE 誕生のストーリーから一枚のピザに込める思いまで、当店のプロデュースを手掛けたオーナーの小林健人さんにお話をうかがった。
山形市出身の小林さんは、野球の推薦で東京の大学へ進学し、その後は家具屋で働いたり、歌手活動をしたりと、トータル9年間を東京で過ごした。地元が大好きでいつかは山形に戻ろうと決めていた。
ビジネスパートナーでありシェフの金沢修平さんは、小林さんの実家から歩いて2分のところで育った幼馴染で、18歳の頃から「地元でなにか一緒にやろう」と話していたという。
店をやろうと思ったのは5年前だった。ある日東京で、とあるニューヨークスタイルのピザ屋に入り、その味やサイズ感にガツンと衝撃を受けた。
昔からアメカジのファッションやアメ車など、アメリカ文化に興味を持っていた小林さんは、「自分もこんな店をやりたい」と、すぐさま金沢さんに連絡をしたという。
開業を決意したものの、レシピ開発にはかなり苦労したという。
伝統的なイタリアンピザには王道のレシピが存在するが、アメリカンピザに“答え”はない。どの店にもオリジナルのスタイルがある。実家にあるプレハブ小屋に窯を入れて、自分たちの理想の味を求めて、約3年間にわたり試作を繰り返した。
一番こだわったのは生地。「山形にはパン屋が多く、パンにこだわりがある人が多いので、耳までおいしく食べてもらえるピザにしたかった」と金沢さんは話す。
ニューヨークのウィリアムズバーグにある名店「Best Pizza」に直談判し、小林さんと奥さん、金沢さんの三人で現地修行も行なった。
粉の配合を何十種類と試して、ふわっとした生地にたどり着き、フレッシュで甘みのあるトマトソースに、あっさりしたモッツアレラと香りがあるゴーダの2種類をブレンドしたチーズを合わせ、HAVE A GOOD SLICE オリジナルの味が誕生した。
ダイナミックな見た目とは裏腹に、脂っこくなく、軽さすら感じるのがここのピザの特徴だ。ほんのり塩味のあるさっぱりしたチーズはよく伸びて、耳をかじると香ばしい香りと甘みが口の中に広がり、最後の一口までおいしい。女性でも軽く一枚は食べられる。
ピザといえば、ホールを分け合って食べるのが一般的だが、ここでは1スライスずつ好きなものを選ぶスタイル。
チーズ、ペパロニ、マッシュルーム、ホワイト、ハラペーニョの定番5種類に、季節の味わいが楽しめる週替わりのウィークリースペシャルの常時6種類から選べる。秋にかけて原木舞茸、パンチェッタ、かぼちゃなど、山形ならではの個性的なメニューが楽しめそうだ。
HAVE A GOOD SLICE を動かす最大のカギは、小林さんと金沢さんのコンビネーションにある。
空間プロデュースや経営は小林さん、ピザの仕込みやメニュー開発は金沢さんというように、役割が明確な二人の連携プレイによってバランス良く店が運営されている。
「やはり信頼できる人と楽しく仕事がしたいんです。修平と僕は、幼い頃からお互いの性格を熟知していて、気を使うことなく本質的なディスカッションができます。
自分はリーダー気質なので、決断して人を巻き込み行動していくタイプ。一方で修平は、職人気質で冷静に後ろから全体のバランスを見てコツコツ手を動かすタイプ。どちらが欠けても成立しない。すべては修平と一緒だからできたことです」(小林さん)
かっこよくてあったかい。それが HAVE A GOOD SLICE の第一印象だった。小林さんと金沢さんのハートがこの店の温度感を上げているのではないかと、インタビューを通じて思った。
家族と仲が良く、地元の仲間とはいまでも深い付き合いがある。一緒に店をつくった大工さんは、工事が終わってもピザを食べに来てくれるという。取材中にも電気工事の担当者が店を訪れ、ピザを食べて帰っていく姿があった。
そんな小さなエピソードからも、地元や人とのつながりを大切にする、小林さんと金沢さんの人情味を感じた。
海外や東京にあるニューヨークスタイルのピザ専門店ではキャッシュオン形式(カウンターでフードと引き換えに代金を都度支払うシステム)が主流だが、ここではテーブルオーダーのスタイルを採用した。山形ではキャッシュオンに慣れないお年寄りや子供も多いためだという。
海外文化を山形に合わせてアレンジする柔軟さも、またこの店の居心地の良さにつながっているのだと思う。
「コンセプトは『おやつの時間に、おじいちゃんが孫を連れて歩いてピザを買いに来れる店』。地元に根付く店にしたいんです。
ニューヨークではエリアごとにピザ屋さんがあって、おじいちゃん、おばあちゃんはもちろん、近所の子供がお小遣いを握りしめてピザを買いにくることもある。◯◯さんがつくったピザを食べに行く。そういったコミュニティ感覚は、山形にすごく合うと思うんです」(小林さん)
幼い頃からファッションや車などのアメリカ文化に興味を持ち、ついにはニューヨークスタイルのピザ屋をオープンさせた。小林さんの根底にはいつでもアメリカ文化へのリスペクトがある。
地元で大好きなアメリカの文化を表現する。山形・東北で多用な文化の在り方を考える。そんなチャンレジをこれからも小林さんは続けていきたいという。
「この店をきっかけに初めてニューヨークピザを食べる人もいるかもしれない。だから、下手なものは出せないし、責任をもってニューヨークスタイルのピザを提供しないといけないと思っています。
山形にはないアメリカ文化を、いつかは山形を超えて仙台や東北にまで伝えて、広めていきたいと思っています」(小林さん)
撮影:根岸功