山形の「草木塔」に出会う
植物を思いやる暮らし
山形在住の美術家・是恒さくらさんが山形市をフィールドワークして、日常風景に潜む「信仰」を紐解くシリーズ。第2回のテーマは「草木塔」です。
つい最近、山あいの畑を通りかかった時に不思議な光景を目にしました。
夜の果樹畑のなかに漁火のように、小さな炎の塊が並んでいたのです。ここはさくらんぼ畑なのですが、木々を霜から守るために、冷え込む春の夜には火をおこし、暖めているそうです。
美味しいさくらんぼができるよう、木々はこんなにも大切にされているのだなと驚きでした。
山形では、草木と人との関わりに思いを馳せる出会いがあります。そのひとつが、「草木塔(そうもくとう)」です。
表面に「草木塔」や「草木供養塔」と刻まれた石碑で、草木の魂を供養するために建てられます。
草木塔は山形県に集中して見られ、全国の約9割が県内にあるそうです。県内でもっとも古いものは、安永9年(1780)年に米沢市で建立されました。
山形に名残をとどめる山岳信仰は、自然崇拝の文化です。草木塔も、自然のなかの草や木にも魂が宿っているという考え方に根ざして建てられました。
かつては山仕事に携わる人たちが、伐採した木々への感謝と供養のため、また「木流し」と言って川の流れを利用して木材を運搬していた頃に、運行中の安全を願って草木塔を建てました。
建立には、野山に分け入り修行をしていた山伏たちや僧侶が指導にあたったと言われています。山形市内でも10基以上が記録されていて、近年建てられたものもあります。
山形駅前大通り沿いの「常林寺」では、前庭の木陰に草木塔が建てられています。
30年前、先代の住職が駅前大通りの拡張にあわせて、寺の正面入り口を大通りの方角に変えました。その際、南向きだった本堂を西向きに移しました。
今の本堂がある場所はもともと、松の木がたくさん生えた庭だったそうです。移転の際に松の木を切らなければならなかったため、住職が自ら穴を掘り草木塔を建てました。
草や木にも魂が宿るという考え方は、古くからこの土地にあるのでしょう。
山形市街地の東の千歳山には、「阿古耶(あこや)の松」という昔話があります。
昔、現在の宮城県の郡司の娘の阿古耶というお姫様が、見知らぬ若者と恋に落ちました。その若者の正体は、千歳山に生えていた老松の精でした。
宮城県の名取川の橋が洪水で流され、橋をかけ直す時、老松は木材として切り倒されてしまいます。阿古耶と老松の精は悲しい別れを迎えるのです。阿古耶は老松が生えていた場所に若い松の木を植え、その死を弔ったと伝えられています。
樹木と、人が会話をしたり、恋に落ちたり–そんな物語が生まれ、語り継がれているのも、草木を大切にしてきた暮らしがここにあるからなのでしょう。
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参考文献:『写真集 草木塔』やまがた草木塔ネットワーク事務局、2007年
『いのちをいただく 草や木のいのちをもいとおしむ「草木塔」のこころを求めて』やまがた草木塔ネットワーク事務局、2007年
『草木塔を訪ねる ふるさとの文化を歩く−米沢から−』梅津幸保著、置賜民俗学会、平成10年
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