馬場正尊 talk about 山形 02/「 東京・山形を移動する贅沢 」
東京R不動産ディレクター・馬場正尊に聞く、山形の再編集についてのトーク・第2回。
東京→山形3時間の日常化
東北芸術工科大学の先生として毎週東京から山形に通うということになった最初の頃、それは突拍子もないことのように思えました。僕は九州育ちだし、山形っていう土地はもう遥か彼方っていうイメージがあって。「ホントに通えるの?」みたいな感じだったわけです。
だから最初は、東京から山形までの3時間という時間をものすごく長く感じていて、まるで毎週「旅」に出ているような感覚でした。
でも、それから何年も経った今では、東京と山形を行き来することが日常のなかに入りこんでいて、「通勤」という感じにまで変化しています。山形という都市に対する精神的な距離もすごく近いものになっているし、その3時間という時間も身体化されてすごくうまく使えるようにもなってきました。
こうなるともう「山形と東京のダブルハウス生活」というライフスタイルも十分にありだな、とすら思います。
(※1)山形新幹線「つばさ」の東京山形間の所要時間はおよぼ2時間半~3時間程度。東京→大宮→宇都宮→福島→米沢→山形というルートとなる。福島を越えると在来線の線路を使用するため、山形新幹線は昔から「ミニ新幹線」と呼ばれている。
風景の定点観測を愉しむ
東京から北上していくにつれて刻々と変わっていく風景には、日本の面白さを感じることができます。
今の季節だったら、宇都宮あたりに少しだけうっすらとあった雪が、福島まで来るとだいぶ分厚くなって、その先の山を越えた瞬間に突然雪がどっと増えて、米沢という日本を代表する豪雪地帯を通過しながら「これだけのところに人が住んでいるなんてすごいよな」なんて思いながら山形に近いづいてゆく。
紅葉の季節だったら、北上すればするほど紅葉の色づきが濃くなっていくのを体感できます。
それを毎週毎週経験するので、日本の風景を「定点観測」しているみたいになっている。「あっ、今日はこのぐらいの色なんだなあ」っていうような季節の移り変わりを体験する愉しさもあるわけです。
モードが変化し、気持ちが伸縮する
そうした風景のなかで、自分のモードもまた変わっていくのを感じます。福島までの2時間くらいの間にだんだんと東京のモードが抜けていき、さらに山形に近づくほどに切り替わっていく。
東京ではずっと張りつめたような空気のなかにいつも居るわけで、目に飛び込んでくる風景はみんな直線的だったり過剰に密だったりしている。
それが山形に近づくにつれて、直線ではない自然の造形や過剰に記号的ではない風景のなかにじぶんが囲まれていくことで、確実になごんでいっているのがわかります。
ぼくにとっては、その気持ちの伸縮がとってもありがたい。東京と山形を行き来することで、キュッと固くなったりフーっと柔らかくなったりっていうことを繰り返して、自分の気持ちを硬直させずにいられるので。
それはもうなくてはならないものというか、あってほしいものという感覚になっているみたいです。
移動時間がくれる贅沢
最初は「時間のロス」と思っていた移動時間は、有意義に使うことでエンジョイの時間に変換されているし、日常の中で最もひとりになって集中することができる時間だったりもするわけです。東京にいる自分や山形にいる自分を、移動することによって客観視しているところもあるのかもしれません。ちょっと引いて見ることで、次の自分を考えることもできているような気もします。
だから、移動というのは今ではもう貴重で贅沢な時間になっています。こうなると3時間あるっていうことがむしろ大事で、1時間じゃもの足りないし中途半端。3時間があるからこそモードがちゃんと変化しきってくれるという感じです。
もう少し移動コストが安ければ、こういうようなライフスタイルをやる人がもっと増えるような気がします。
毎日のルーティンじゃないことがいいのかもしれないし、交通網と移動網が高度に発達している日本だからこそ愉しめる贅沢なのかもしれないですね。
(2017.1.20)
馬場正尊
Open A代表/東北芸術工科大学教授/建築家
1968年佐賀生まれ。1994年早稲田大学大学院建築学科修了。博報堂、 早稲田大学博士課程、雑誌『A』編集長を経て、2002年Open A を設立。 都市の空地を発見するサイト「東京R不動産」を運営。東京のイーストサイド、日本橋や神田の空きビルを時限的にギャラリーにするイベント、CET(Central East Tokyo)のディレクターなども務め、建築設計を基軸にしながら、メディアや不動産などを横断しながら活動している。
聞き書きと注釈:那須ミノル
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