商店街にカルチャーの灯火を「シネコヤ」オープン
藤沢市 映画と本とパンの店《シネコヤ》代表 竹中翔子
昭和の香りの漂う雰囲気ある店構えは、かつてこの商店街にあった写真スタジオから引き継いでいる。
2017年、4月。鵠沼海岸商店街に、「シネコヤ」がオープンした。
シネコヤは、不思議な空間だ。パン屋であり、喫茶店であり、貸本屋であり、おまけに映画も流れている。
新たに作られたものでは醸し出せない、独特の風情の中、シネコヤ代表の竹中さんにお話を伺った。
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「目指しているのは、どれか一つにでも興味を持って来ていただければ、今まで知らなかった新しいものに出会える、カルチャーの発信地です」
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かつて藤沢駅周辺には、三つの映画館があった。
竹中さんはそのうちのひとつでアルバイトをしていた経験を持つ。今、その映画館は全て無くなってしまった。
「無くなった時に、映画館ってもう無理なのかもしれない、という衝撃がありました」
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映画館閉館を惜しむ声は多かった。
「映画館復活に向けて誰かが動くかな、と思っていました。そうしたら、自分も参加したいと。でも何も起きなかった」
自分ができる範囲でいいから、やってしまおう。
竹中さんは、「シネコヤ」のプロジェクトを立ち上げ、藤沢市内で映画の上映会を行う活動を始める。
いずれ、常設の映画館を開くことを思い描いていた。
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「大きな場所はいらないと思ってました。自分のやりたいことって、映画“館”ではないな、と思って。そこからの模索。自分のやりたい方向性を、しばらく決めかねていたんです」
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映画館で働いていた時代に、好きだったのはなんだろう?
考えて浮かんだのは「ロビー」の存在だ。
「映画が終わって、ロビーで浸る時間が好きだったんです。同じ映画を見ていた知らない人が、ロビーで涙をぬぐってたりして。“ですよね、わかります”って心の中で思うみたいな(笑)」
「映画本編を見ている時は、集中して一人の世界。映画と自分の、一対一の関係。でも、実は劇場には他にも人がいる。共有できるものがあることを大切にしたいなと思ったんです」
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鵠沼のレンタルスペース・IVY Houseでの定期的な上映企画「隠れ家シネマ」「鵠沼シネマ」などを経て、満を持しての常設店舗オープンを実現させた。
常設店舗を開くにあたってこだわったことがある。
それは、ただ映画を提供するだけの場所にはしないこと。
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パン屋であり、喫茶店であり、貸本屋であり、映画小屋でもある。
現在シネコヤの店内は、パン屋とイートインスペース、1階奥と2階は貸本屋を主体とした《映画と本とパンの店》というコンセプトで、本も映画も楽しめる、新たなスタイルの空間づくりを行っている。
本と映画は関係が深い、と竹中さんは考えている。
「映画の魅力を伝えていくのと同じくらい、本の魅力も伝えていく場所にしたい。本の選定にも力を入れています。本と映画の深い関係も楽しんでもらえたら」
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借りた本はどこで読んでいても構わない。1階で購入した飲み物を持って、映画を見ることも可能。
「あえて境界線を設けないスタイルは、鵠沼だからこそできることだと思っています。場所の持つ雰囲気って、大きい。いろんな場所で、上映会を行っているうちに、身についた感覚です」
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オープンから三ヶ月が過ぎようとしている。
「やっとスタート。今までは踏み出せばよかった。これからは、続けていくことを考えないといけない」
「日常から一歩離れて、自分と向き合える、元の呼吸に戻れる場所。物理的な場所のことだけじゃなくて、そういう場を自分の中に持つことは、人間にとって必要なんだと思うんです」
それを時に守り、時に担うのが、カルチャーの役割だ。
カルチャーの灯火を掲げて、シネコヤは、誰かにとってそんな場所であるべく、今日もパンを焼き、コーヒーを淹れ、本を並べ、映画を流している。