【長野】美麻珈琲/大町市 美麻の森に香る、自家焙煎コーヒー
長野市から小川村を越えて気持ちいい山道を行くと、大町市美麻にある中山高原へとたどり着く。北アルプスを眺める標高900mの高原は、春は菜の花、秋は蕎麦の花が一面に咲き誇る場所。美麻は2006年に大町市に合併されたが、以前は美麻村という小さな村だった。
「兄も私も弟も、山村留学で2年間美麻村で暮らしていたことがあったんです」。兵庫県三田市出身の店主・塚口紗希さんだ。実は美麻村と同時に大町市に合併された八坂村(現・大町市八坂)は日本で最初に山村留学が行われた地。都会の子供たちが親元を離れて、自然豊かな土地に“留学”する制度だ。
紗希さんのご両親は三田市で「サント・アン」という洋菓子店を営んでいるが、出会いがワンゲル部だったこともあり、山で暮らすことが夢だったそう。そこで山村留学で子供たちとの縁があった美麻の中山高原に、いずれ隠居することになったら自分たちが暮らしながら営もうと、小さなお店をセルフビルドで建て始めたのが約2007年頃のこと。壁は断熱と環境を考慮し、厚さ50cmもあるストローベイル(藁のブロック)を積み重ね、土と漆喰で塗り込めていく工法。のべ300人の友人知人の手伝いも得て、1年間ほどかけて完成した。
紗希さんは三田市で家業を手伝ってはいたが、オーナー創業者の父がいる職場では“二代目”というプレッシャーもあり、今後のことを模索していたときに、この美麻の家でのカフェ運営をとりあえず任されることとなった。「(家業の手伝いも長く続かなかったけど)3年続けたら辞めてもいいかなと思って」。そう言いながら、2008年のオープンから9年間、このカフェの店主を続けている。
開店当初はコーヒーのことはまったく知らなかったそうだが、日本スペシャルティコーヒー協会のSCAJコーヒーマイスターの資格をとり、ハンドピック(生豆に含まれる欠点豆をチェックして除ける作業)や自家焙煎も行っている。ブレンドコーヒー以外にもシングルオリジンを提供。そのコーヒーのお供は、サント・アンから直送されるケーキだ。
蓄熱式暖炉がほんわかと暖かい客席では、地元の奥様と思しき2人組と、紅葉を観に来たのだろうなという若いカップルがケーキを食べながら、コーヒーを飲んでいる。その暖炉の薪は父・肇さんが夏に作りに来てくれるという。ご両親が引退後はこの店を引き渡すのかな。「いや、父もここはもう諦めてると思います(笑)」。三田から離れて9年間も続けた店は、すっかり“二代目の店”ではなく、紗希さんの店になっている。