ダニーくんの山形滞在記
山、蕎麦、温泉。7時間の弾丸ツアー!
ある日突然、海の向こうからメッセージが届いた。
差出人は学生時代の友人、ダニー。アメリカオレゴン州のポートランドという街に住んでいて、最後に会ったのは3年ほど前になる。
「来月、日本に行くことになったよ。仙台にも立ち寄るんだけど、会えるかな?」
仙台でシティ派な遊びをするのも楽しそうだけど、せっかくだから山形に来てもらうのはどうだろうか。日本マニアでもない彼が、今後山形へ来る機会はそうそうないであろう。
個人的な好奇心もあった。たまに山形市内で外国人観光客を見かけるけど、海外の人の目にこの街はどう映るのか、そのあたりも聞いてみたい。
「山とか蕎麦とか好き? 山形へ来てみない?」
「よくわからないけど、行ってみるよ!」
ダニーの山形旅行が決定した。以下は、滞在7時間の弾丸山形ツアーの記録である。
13:00 山形駅に到着
11月上旬、曇りのち晴れ。ダニーが山形駅に到着した。お腹が空いたというので、蕎麦でも食べに行こうと山の方へ車を走らせる。
「言ってた通り、本当に山だらけだね!」
山形市中心街から西蔵王へ向かう途中、車の窓に張り付くように外の景色を見ていた。
今回ダニーは音楽活動で東京や大阪、仙台など日本の都市部を巡っていたようで、山形の大きな山の存在感に驚きが隠せない様子だった。
13:30 〈三百坊〉で蕎麦タイム
西蔵王にある〈三百坊〉に到着。古民家を活用したロケーションが抜群の蕎麦屋で、山の景色を眺めながら季節の蕎麦が食べられる。
この日はちょうど紅葉が真っ盛りで、店の前に広がる庭園はオレンジや黄色に染まっていた。
板そばに挑戦してもらいたかったものの、温かいスープがいいと言う。メニューをみると「あたたかい鶏そば」があった。
「チキンが入った蕎麦ははじめてみたよ」
アメリカや東京で食べた肉系の蕎麦には豚肉や牛肉が入っていたという。たしかに、鳥中華だったり、つめたい肉そば(親鶏が入っている)だったり、山形では麺と鶏肉の組み合わせが少なくない。
鶏そばは売り切れだったので天ぷら蕎麦をオーダー。ダニーは最後の一滴までつゆを飲み干し、完食していた。
14:30 〈Kitchen Fields〉でコーヒータイム
食後にコーヒーが飲みたいというダニー。コーヒー文化で知られるポートランド出身の彼は、やはりコーヒーには少しうるさい。缶コーヒーやコンビニコーヒーというのもなぁ…と頭を抱えた。
そこで青春通りにある美容院〈Kitchen Fields〉で、おいしいコーヒーを提供しているとの情報を思い出す。
ドリップコーヒーとソイラテをテイクアウトでオーダー。「おいしい!」と大満足の様子だった。
15:00 山寺で紅葉狩り
やはり山寺は一度見てもらいたい。仙台のAirbnbのホストから聞いてきたらしく「山の上に有名なお寺があるらしいね」とダニーも山登りを楽しみにしていた。
秋の日没は早い。時間が迫っているので、急いで頂上へ向かう。根本中堂やせみ塚、小さなお堂や石碑が立ち並び、そのすべてが気になる様子。何度も立ち止まり、写真を撮る。そしてインスタグラム。
急いで開山堂と五大堂までたどり着き、ご褒美の景色に辿りつく。
日没手前、やわらかい光のベールが山を包んで、集落の家々はミニチュアのように見える。
オレゴンにいる家族にも見せたいと動画を撮影して、その後はボーっと景色を見つめて独り言をつぶやいていた。
「崖の中にあるお堂はどうやって建てたんだ。まったく見当がつかない…昔のお坊さんはすごいな…」
そろそろ降りようと声をかけるも「もう少しだけ」と。この景色を目に焼き付けているようだった。
16:30 玉こんにビックリ
駆け足で山寺をおりると、お醤油のいい香りがしてきた。玉こんである。鍋の中を訝しげに見つめるダニー。
「これは何?」と聞かれるも、うまく説明ができない。芋を加工して丸めて醤油で味付けしたもので、山形のソールフードなのだと伝えるも、頭上の「?」は消えない。とりあえず食べてみてもらう。
玉こんは英語でなんと説明したらいいのか教えてほしいとお願いしたところ、
「うーん、これはなんだろう…。ゼリーのような、いや、ゼリーよりは噛み応えがあって、歯切れもいいな…ジュージーでもないしな…うーん…」
随分と悩ませてしまった。
こんにゃくが存在しない国の人にとって、玉こんを言葉で表現することはかなり難しいようだ。玉こん is 玉こん。玉こんは言語の枠にはおさまらない無類の食べ物なのかもしれない。
17:00 レトロで小さなりんごショップ
山寺を出発して車を走らせると、道の両側には果樹園が広がっている。
山形のりんごはいまが旬だと話していたら、食べてみたいと言うダニー。すると、タイミングよく「りんご」の三文字を発見。道端で無人販売していた。
車を降りて、100円を箱に入れ、りんごを2つゲットした。
「レトロなシステムだね。だけどすごく便利」
ドアを閉めるやいなや、りんごの表面を服でぬぐい、豪快にかぶりつく(とてもアメリカン)。「ジューシーでおいしい!」と、ご機嫌に頬張っていた。
17:30 蔵王大露天風呂で月夜を楽しむ
温泉には必ず行こうと決めていた。人生で初の温泉だというから、景色がよくて露天がある「ザ・温泉」という場所がいいだろう。
蔵王大露天風呂に着いた頃にはあたりは暗くなっていた。静かな森の中、月明かりがぼんやり浮かび、傍には温泉がタバタバと噴き出し湯気を立てている。お湯に浸かると、分刻みで動いたこの5時間の疲れが溶け出していくようだ。
お湯からあがり外へ出ると、入り口のベンチでダニーは座禅を組んで瞑想をしていた。わたしの存在に気づくと、感想を熱く語ってくれた。
「足と手の指先からジワジワと温まったよ。月を見ながらの入浴なんて、こんなに開放的なのははじめて。こんな場所に住んでるなんてうらやましいよ」
19:00 〈鳥春〉で乾杯
お腹がすいてきたので、中心街に戻って夕ご飯にしよう。焼き鳥を食べることになり、十日町にある〈鳥春〉へ。満席で入れないこともしばしばの地元に愛される焼き鳥屋さん。奇跡的に2つ席が空いていた。
日本酒を飲んでみたいというので、酒田の地酒を注文。お猪口へこまめに注ぎ足し、飲みやすいと言いながらクイクイしていた。
焼き鳥は何度か食べたことがあるものの、ハツは初めてだったようで、興味深い顔で咀嚼していた。肉豆腐がかなり好みだったようで、とても喜んでいた。
ダニーがトイレに立ったすきに、お店のおじさんがやってきて「この人どこから来たの?山形はちゃんと楽しんでる?」と矢継ぎ早に質問をしてくる。ダニーがトイレから出てくると、さっと厨房へ戻ってしまった。
電車の時間が近づいてきたので、お会計を済ませ「ごちそうさまでした」と暖簾をくぐる。お店のおじさんはチラっとこちらをみて、ダニーに小さく会釈をした。
20:00 お別れのとき
最終の仙山線の一本前で仙台へ戻ることになった。駅に到着してお別れのとき。
「今日は最高の1日だった!山形に来れてよかった!ありがとう!」
大きな笑顔で帰っていった。
あっという間の1日で名残惜しくもあるけど、たくさん喜んでもらえたことがなにより嬉しい。そして改めて自分がいま住んでるまちを好きになった。こちらこそ感謝の気持ちでいっぱいだ。
はるばる山形まで来てくれてありがとう。またいつでも遊びに来てね!