全国のジャズ好きを吸い寄せる
JAZZ喫茶OCTET
この店を訪ねるために、ここにあるレコードを聴くために、この店のマスターと語り合うために、全国のジャズ好きたちがはるばる山形までやってくる。そんな魅力に溢れた喫茶店がこの町にあるということを、あなたはご存知だろうか?
山形駅から歩いて数分くらいの、駅前大通りからほんのちょっとだけ外れた静かな路地に、その店はひっそりと佇んでいる。
40年にもなるというこの店の歴史を物語るような、すこし霞んだような看板に「OCTET」の文字が見える。その横にはチェロ弾きのイラストが描かれている。扉のなかの様子は外からはほとんどわからないけれど、微かに音楽が聞こえてくる。
ドアを開けると、昼だというのに薄暗い店内。その壁一面をびっしりと隙間なく埋め尽くす膨大な数のレコードたちが目に入る。店の奥ではオレンジ色の小さな手もと灯に照らされ、レコードがまわっている。
カウンター席に座っている常連さんらしき人が、目をつむってその音色に耳を傾けている。カウンターの向こう側から「おう、またきたか」とマスターの相澤栄さんがひょっこり顔を出す。カウンター席が4つに、テーブル席が3つしかない、自分だけの秘密にしていたいような、隠れ家のような雰囲気である。
この店を覆い尽くしてしまいそうなレコードは、全部で1万6千枚。CDを合わせれば、さらに膨大な数になるという。日本ではここでしか聴けない貴重なレコードもあるそうで、それを聴くためにわざわざ遠方から山形に来る人もいるのだとか。
マスターの相澤さんは
「ジャズに惚れた18歳のころから今日まで、他のことには一切お金をかけずに、レコードばっかり集めてきた。アルバイトしながら買ったりしてたから『苦労して大変だね』なんて言われることもあったけど、好きなことだから全然苦しいとは思わない。ジャズは俺の人生そのものなんだよ」
と目を細めて笑う。
OCTETがオープンした1970年時代はジャズブームで沸いていた。相澤さんいわく「素晴らしい時代」だったのだそう。OCTETのほかにもジャズ喫茶はいくつかあって、ジャズをこよなく愛す人たちが毎日こぞって集まっていたという。それから時代は流れ、ジャズ喫茶はジャズバーやライブハウスに姿を変え、今もまだ残っているのは山形県内ではこの店の他にあと2,3軒しかないそうだ。
「今の時代はいいオーディオ買えば家で音楽が聴けたり、スマホで簡単に音楽が手に入ったりして、ジャズ喫茶になんて行かなくていいっていう人もたくさんいる。だけどレコードの数と知識。。。知識って言っても、奏者や曲名だけじゃないよ、この曲だったらこの奏者のも聞いてごらんとか、この時代にはこんなことがあったよとか、そういうのを教えられるのはジャズ喫茶のおやじにしかできないことだからねぇ」
と相澤さんは言う。ここにあるレコードの1枚1枚に、ジャズと人生を共にしてきたマスターの思い出がぎっしりつまっているのだ。
こんなふうに、この店でほんの少し相澤さんと話をするだけで、いつの間にかジャズにハマってしまう。
ジャズを知らない自分ですら、ジャズを通していろんな世代の人と話をしたり、新しいジャズの魅力に気づいたりできる。ジャズに取り憑かれたマスターが作りあげた奥深い世界に触れながら。
(2017.9.21 /取材・制作:東北芸術工科大学3年 菅原葵)