【長浜】地域に伝わる食を、次の世代に引き継ぐ。
滋賀県長浜市の生活者たちの実像を伝えるシリーズ。第2弾は『湖北町の伝統食・地産食』という本を2007年に出版した湖北町食事文化研究会の肥田嘉昭(よしあき)・文子(あやこ)夫妻を紹介します。
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この本、肥田夫妻が中心となって自主制作。文子さんが料理をつくり、嘉昭さんが写真を撮った。おふたりが60代後半のときの、初めての本づくり。しかし、その内容の充実ぶりから、自費出版ながら3か月で1000部、累計で4000部を販売、大きな反響を呼んだ。
長浜には各家庭に伝統食がある
――この本があることで、長浜の人々の暮らしの中に豊かな食があることを体感できますね。
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嘉昭: 湖北町は長浜市の一地域で滋賀県の中でも冬が寒い地域なので、保存食・発酵食が発達しているのです。
「ふなずし」はよく知られていますが、それ以外にも「うぐいずし」や「にしんの麹漬け」など他府県には見られない発酵食が充実しています。
文子: もともと家ごとに代々受け継がれている味があった。私も嫁いできたときは義母からいろんな自家製のおかずを教わりました。そして他の家にはまたそれとは違ったその家の味を持っているんです。
そうした各家庭に受け継がれた伝統食を調査し再現して後世に継承していけるようまとめたのがこの本なのです。
——なぜ各家庭に伝わる味を集めることができたのですか。
文子: 「農村婦人の家赤谷荘」という施設がありまして、そこに料理好きな農村女性が集まって、それぞれの家のおかずを教え合い、他の人に伝えたりする活動を始めたことがきっかけ。そこから、一冊の本にまとめたらどうかという話になり、できたのが『湖北町の伝統食・地産食』です。ですからこれは私達だけでつくったのではなく、地域の食を受け継ぎ守ってきた人たちみんなの共同作業でできた本です。
——2回増刷。さらに第3版は増補版として出版されています。
嘉昭: 初版が出たとき、この本を見た地元の人の中から「私の家の自慢の味が書いていない。ぜひそれも載せてほしい」と、さらに新たな料理の情報が数十件も寄せられたんです。そのため初版に収録したのは85品だったのですが、新たに25品が追加されて増補版では105品となりました。
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何でも自家製・作り置き
——とにかく手作り。
文子: そうですね。義母の時代は菜種油も、米粉も、お茶も、ごま油もつくっておいて、そこから使っていました。
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——麹(こうじ)も以前はご自身でつくっていた?
文子: コタツの中などで麹もつくっていましたよ。その麹を使って味噌づくりも行っていました。
——先程漬物をいただきましたが、あれは?
文子: 「白菜の重ね漬け」です。ああ言うものも発酵の力と共に、なんとも言えん、ひなびた感じの良い味をつくってくれるんです。
嘉昭: 漬物は滋賀県の中でも湖北のものが断然美味しいのではないかなあ。もっと寒くなれば、もっと美味しくなりますよ。
頼もしき女性たち
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——文子さんは若い人たちが企画する、伝統食を学ぶ会などにも講師として呼ばれることがあるそうですね。
その場に同席していた女性: 私たちも湖北の暮らし案内所「どんどん」で定期的に伝統料理に関するイベントを企画して文子さんを講師としてお呼びしているんです。
本がきっかけで文子さんはじめ先輩の女性たちとつながれたことで「教わるチャンス」ができたことは大きい。それまではそういう伝統食があるんだということもなかなか知れなかったです。
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伺った日は、ツアーで長浜を訪れた県外の人たちに地元の伝統料理を振る舞う会がちょうど催されているところだった。文子さんはじめ、女性たちがてきばきと料理を用意していた。
文子: みんなで一緒に食事の支度をして、大人数で卓を囲んで食べるということ自体が今は減っていますが、昔はこういう機会がよくありました。伝統食が廃れていっているのは、みんなで食べることが減ったこととも関係しています。これはとても大事なことです。
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湖北には「じゅんじゅん」という、この地域ならではのすき焼きの文化もあるそうだ。機会があればそんな場面にも参加させてもらいたいものだ。